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エッセイ 「ご自由にお持ち下さい」



 たまにお店や家の前に、「ご自由にお持ち下さい」と書かれた張り紙があり、まだ使えそうな食器や家具などがブルーシートの上に置かれていることがある。
 僕自身がそこから持ち帰ることはないが、綺麗な食器や子供のおもちゃなど、二日もすれば色々と持ち帰られており、捨てる手間を省けるメリットと、欲しい物を無料で手にするメリット以外の介在しない、とても平和な光景だと思っていた。

  仕事が終わり夜中の2時ぐらいに歩いて帰っていると、いつも通る家のガレージに「ご自由にお持ち下さい」と書かれた張り紙を見つけた。
 ブルーシートが広げられた上には、食器や花瓶、棚などの家具、絵本に衣服、夏用のサンダルからブーツまで様々な物が並べられていたが、その中でも一際目を引く異質なものがあった。
 ブルーシートの真ん中で鎮座するように、剣道の防具である面の部分だけが置かれていたのだ。

 僕は思わず立ち止まりしっかりとブルーシートの上を確認したが、面以外の防具は見つからず、何本かあった傘の中に竹刀が紛れていることも無かった。
 一体、誰が剣道の面だけを持って帰るというのだろうか。
 夜道を歩きながら考えていると、可能性としては三パターンに限られる気がした。

「今現在、剣道をしている人」

「剣道を始めようと考えていた人」

「剣道に興味はあったが、始めるに至るまでのきっかけが無かった人」

 まず「今現在、剣道をしている人」だが、もう剣道をやっているんだから面を必要としている者などいない。既に自分の面を持っているか、道場に練習や試合で使える防具があるだろう。
 次に「剣道を始めようと考えていた人」だが、これも道場によっては道具や防具を貸してくれるだろうから、まずは道場に相談して、購入するとしても指導者の指示の下で通いながら順次揃えていくことになる筈だ。今、面だけ持って帰っても仕方がない。
 そして最後に、「興味はあったが、始めるに至るまでのきっかけが無かった人」だが、これをきっかけとするには面の部分だけでは少な過ぎる。せめて両小手と竹刀ぐらいは置いといてくれなければ、自身が剣道をする側に立っている姿など想像出来ないだろう。

 この三パターンで持ち帰る人がいなければ、後はもうこの世がゾンビだらけの世界にでもならない限り、剣道の面に使い道などない気がした。
 そう思った矢先に、植え込みでぶっ倒れていた男が突然歩道に飛び出して来た。僕が驚いてのけ反ると、男はそのままゾンビのようにフラフラと歩き始めた。男の行動を注視していると、ペットボトルの水を飲むという知能は残っていたので、ゾンビではなく酔っ払いの人間であると確認できた。
 もしゾンビであったならば、誰よりも先に僕がダッシュであの面を取りに行く羽目になっていた。

 いや、やはり駄目だ。
 剣道の面だけをつけてる奴が最後まで生き残るゾンビ映画など見たことがない。そんなやつは、「これで俺は首を咬まれることはないぜ!」と自慢した直後に腕を噛まれてやられる運命にある。
 そう考えると、ますます面だけを持ち帰る人などいるのだろうかと考えてしまう。




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