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ouma
毎週ショートショートお題 「沈む寺」
黎明近くなり、男は寺の寝所で目を覚ました。
微かではあったが遠くで人の騒ぐ声が聞こえる。小姓達が身支度中に喧嘩でも始めたのだろうか。
しかし騒ぎは一向に止まず、やがて何かが爆ぜるような音が寺に響いた。
それは銃弾を打ち込む音に違いなく、男はその瞬間、この寺が戦場になっているのだと悟った。
遠くで聞こえていた騒ぎ声は波のように押し寄せ、家臣達の叫び声が寺中にこだましている。
一本の火矢が男の頬をかすめた。火矢は柱に刺さると、男が振り返るのも待たずに寝所を燃やし始める。男が状況を確認するため寝所から出ようとすると、燃えた屋根の一部が崩れ落ちてきた。外の手すりからも炎は勢いよく迫り上がってくる。
炎に包まれ沈みゆく寺の中で、それでも男は落ち着いていた。
怒りも憎しみも無意味であり、これは自然の理のようにも思えた。
ただ残された短い時の中で、己が馳せた夢の長い道のりを想っていた。
後悔など微塵も無かった。
沈む寺の中で、男は最後に一言だけ呟いた。
「是非に及ばず」