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「怪談みたいな・・」



 僕がバーテンとして立つ店までは家から電車で二駅分あるのだが、雨が降ってるとか荷物が多いなど、特別な理由がない限りはなるべく歩いて行くように心掛けている。徒歩で四十分以上かかるが運動を目的とした場合はそれぐらいが丁度いい。

 先日いつものように家を出発し、BARの最寄にあたる二つ目の駅近くの横断歩道を渡っていると、向かって来る人波の中から「難波さん!」と声をかけられた。顔を上げると昔ライブで一緒だった後輩の女芸人が立っており、「お〜、何してんの?」反応すると、「今からライブでよくこの道通るんですよ!」と元気よく教えてくれた。横断歩道ということもあり、また今度と手を振って僕と後輩はそのまま別れたのだが、翌日また僕がBARに向かい歩いていると、時間帯は違うが前日と全く同じ横断歩道で「難波さん!」と再び声を掛けられた。
 よくこの道を通る言っていたのでまた後輩と遭遇したのだろうと顔を向けると、昨日の後輩ではない一人の女性が立っていた。完全に後輩だと思っていた僕の脳はバグを起こし、目を見開いたまま頭は真っ白になった。尋常ではない僕の様子に女性も驚き、「すいません!気安く声なんてかけちゃって・・」と慌てて謝罪した。後輩とその女性の顔が間違ったパズルのようにごちゃ混ぜになった状態から、ゆっくりと僕の脳内で後輩の部分が取り除かれていき、見覚えのある姿が形作られていく。「あ〜どうも!」、それは時々BARに飲みに来てくれるお客さんだった。女性は「似てるだけで全くの別人に声をかけたのかと思いました」と安堵の表情を浮かべ、「また続きはお店でゆっくりと」そう言って信号が赤になる前に別れた。

 家がBARの近所だということもありその夜に女性は飲みに来てくれた。話を聞くとシュミレーションゴルフのレッスンに通っており、その場所が僕の家から一つ目の駅にあるので、徒歩だとお互いのコースが丁度被ってしまうという話になった。それならまた遭遇するかもですね、なんて言ってたらその通りになった。
 それから三日ほど経った夕方に、先日会った横断歩道よりも手前の、BARの最寄駅と彼女が通うレッスン場の中間地点でばったり遭遇した。その時も僕は彼女の存在に気付かず、「難波さん!」と目の前で声をかけられ驚いてしまった。特に立ち止まって会話することもなく、どうもくらいの会話でまた別れた。
 さらに今度はその五日後ぐらいに、彼女が通うレッスン場近くの、僕の家から一つ目の駅を過ぎた坂道を上っている時に、「難波さん!」とまた先に彼女から声をかけられた。反射的に「もうええわ!このくだり何回すんねん!」とツッコミかけたが、我慢して笑顔で挨拶をした。

 いつも通り彼女と別れた後、僕は歩きながらこうしてばったり会うの何回目かなぁとぼんやり考えていた。まずBAR近くの駅前の横断歩道でぇ、その次がもうちょい手前の道かぁ、で今回がさらにその手前の坂道かぁ。
 …ん?…なんか段々と俺の家に近づいて来てるなぁ…
 あれ…?どっかでこんな怖い話聞いたことなかったっけ?段々と家に近づいてくるやつ。
 あるなぁ!電話掛かって来るたびに近付いてる話!おいおい、もうこのペースでいったら、次の次の次ぐらいでは俺が家の玄関を開けた瞬間に「難波さ〜ん・・」て声かけられるんちゃうやろな!

 そんな僕の妄想めいた不安を彼女が飲みに来た時にぶつけてみると、「確かにメリーさんみたいになってる!」と爆笑しながら他のお客さんも交え盛り上がっていた。
 しかしこの妄想が現実になることは永遠にないようであった。彼女はあまり上達しないという理由で、近々レッスンに通うのを止めようと思っているらしかった。
「ちょっと怖くなってましたけど、もうばったり会うことも無くなるって思うと少し寂しいですね」そう声をかけるとまた彼女は爆笑していた。

 ただ、もしもこの怪談に続きがあるとすればどうだろう。彼女はBARに行った数日後、最後のレッスンに向かう為に家を出る。大雨で当日キャンセルしてまた予約を取り直したので、初めて午前中からのレッスンになってしまった。とてもよく晴れた日で、歩きながら汗ばむ体にもう夏はそこまで来ているのだと彼女は思う。少しも上達しなかったゴルフレッスン、これからはそのお金をパーソナルトレーニングに費やして、到来する夏に備えてやると決意する。
 レッスン場に入る手前の道で、不意に「今までお疲れ様でした」と声を掛けられる。顔を上げるとそこには、一輪の向日葵を手に持った僕が笑顔で立っている。

 

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