🅂7 支出判断とヒューリスティックス(5)
「A little dough」 第4章 支出して生活する 🅂7
4回に渡ってヒューリスティックスが引き起こす認知エラーが私たちの支出行動に及ぼす影響を具体的にみてきました。ヒューリスティックス自体は発見的手法ともいわれ、私たちの思考の過程で頻繁に登場するものですが、スピードと効率性を重視する思考方法のため、結果的に頻繁に認知エラーを引きおこすという難点があります。私たちは様々な意思決定をするシーンで「まずは冷静に」と自らをコントロールしようと試みますが、人間の「認知装置の設計に起因する」エラーについては、この冷静さだけでは不充分なようです。
➤支出判断で失敗しないために
カーネマン等が示すように認知エラーの原因が「認知装置の設計に起因する」ものであったとしても、私たちが冷静であることは、少なくとも意思決定場面においては重要な意味を持っていると思います。例えば不意の支出判断が求められるようなケースで、思わずヒューリステイクスを使ったとしても、冷静であることによって自分の思考をメタ認知することができれば、誤った判断を回避できる可能性があります。
したがって「冷静であること」は、支出判断において必要なことであり、簡単にこれを放棄すべきではありません。その上で「ヒューリスティクスの判断の特徴」を理解し、可能な対処方法をとることになります。
▷1 自分の認知エラーのパターンを知る
まず対策として考えられるのは、自分が陥りやすい「認知エラーのパターンを知る」ことがあげられます。メタ認知でいうモニタリング行動です。例えば「ピザと10回言って」といわれたら、経験者はその時点で「何かある」と用心しますので、次は引っ掛かりにくくなります。これは特別なことではなく、「失敗の経験を活かす」という私たちが普段実践している行動です。第1章でも記載しましたが、「経験からパターンを記憶し、新たな事態に応用する」という人間の基本的な知能を使った解決方法です。
▷2 元情報を矯正する
認知エラーのパターン情報を意識し始めると、自分の知識や情報に偏りがあることに気が付いてきます。こうした情報を矯正し、システム1に正しい情報が紐付けられるよう訓練します。例えば「特価表示➡お買い得」ではなく、「特価表示➡買わせるため価格」と連想するように意識的に訓練します。もともと「特価」には「お買い得!」という思い込みが刷り込まれていますから、これを客観的な情報に戻す必要があります。長年刷り込まれていた思い込みは簡単には直りませんので、ちょっとした工夫や努力が必要かもしれません。この方法は、ヒューリスティックスに使われる元情報を矯正することで、連想する内容をコントロールしていきます。
(その他の例)
・有名人が使用している:✖いいものに違いない➡〇買わせる為の餌
・高価なブランド品:✖素材が高級で品質が抜群➡〇広告費が莫大
▷3 事前情報を持つ
また予め具体的な支出を考えている場合、店頭などでヒューリスティックスを使わずに済むように、事前情報を持つという方法があります。
例えば洋服を買いに行く場合なら、事前にセールが始まっているかどうかを確認しておくことです。こうした情報を持つことだけで、店頭で何気に見た洋服の「特価」という表示に、いきなり飛びつくことはなくなると思います。
私たちがヒューリスティックスを頼る状況は、その場での判断が困難になるケースが多いと想定されるので、考えられる事態を事前に想定し情報を持っていれば、失敗を避けることが可能になります。
▷4 「大きな出費はその場で決めない」というマイルールをつくる
前述の「ヒューリスティックスを使わない」という考え方の応用ですが、「大きな支出はその場で決めない」というマイルールを作り、習慣化することが重要です。
「その場で決めない」というルールは、最終的にシステム2を引き出すための作戦です。大きな支出を判断するには「意思決定の標準プロセス」を使う必要があります。そのために「大きな支出」➡「その場で決めない」➡「時間をおく」➡「システム2が意思決定する」というステップを踏むわけです。つまりまずは「その場で決めない」というアクションが習慣化されることがポイントです。これが習慣化されれば、リスクはかなり軽減されると思います。
買い物は私たちの「楽しみ」でもあるわけですから、何から何までコントロールすることは不可能です。特に「想定外」の買い物はテンションがあがり、楽しさ倍増ということもあるでしょう。記載した内容はこれを避けようとしている行為で、買い物の一時的な楽しさをスポイルします。結局どこまで意識するかは人それぞれですが、私は重要な局面において「ヒューリスティックスの出番をなくす」ことが賢明だと感じています。そして図らずもヒューリスティックスが起動してしまったら「その場では決めない」というマイルールに立ち返るほかありません。自分の漠然とした冷静さを頼るのはとてもリスキーですから、しっかりと習慣化しておく必要があります。