🅂12 エージェントを知る！

「A little dough」 第４章　支出して生活する　🅂12（支出行動と自制３）

　関西大学の池田新介氏によれば、双曲割引においては将来の自分の振る舞いを正しく悲観する「賢明」な選択者と、将来の自分の振る舞いを誤って楽観視する「単純」な人がいるということになります。そうした予測の結果、悲観した人は何らかの対策を手当てできますが、楽観した人は結局「先送りや後回し」という「自滅する選択」をしてしまいます。前回記載したように「賢明な選択者」になるためには、特に計画的行動の際の自己モニタリングを行い、「先送りや後回し」はなかったか、という点をしっかりと確認してみる必要があります。

自滅する選択―先延ばしで後悔しないための新しい経済学

➤シンガポール国立大学フィールド実験
　ところで、上記「自滅する選択」には、ウェイカン・ウォンがシンガポール国立大学において、自身の担当するマクロ経済学入門の受講者445人に対し行ったフィールド実験の記載があります。「中間テストの準備を始める日について」という双曲割引に関する面白い実験なので興味のある方はぜひご一読いただきたいと思いますが、ここでは結果の数字だけを取り上げます。
►フィールド実験の結果（「自滅する選択」Ｐ160参照）
①「双曲割引なし」：28人（6.2％）
②「双曲割引あり」且つ「単純」：98人（22.0％）
➂「双曲割引あり」且つ「部分的に単純」：264人（59.3％）
④「双曲割引あり」且つ「賢明」：55人（12.4％）
　上記の中で➂の「部分的に単純」とは、自身の時間非整合的な性格に自覚はあるものの、「賢明」な人ほど十分に対処できない「やや悲観的」な人を指します。実験の対象者など前提条件を踏まえる必要はありますが、９割以上の双曲割引のうち「賢明」な選択者は１２％程度に過ぎません。６割の方は「双曲割引」の自覚はあっても十分な対処はできずにいますし、２割の方その自覚すらなく日常を過ごしていることになります。

➤自滅する選択が引き起こす自制問題
　上記「自滅する選択」で著者である池田氏は、「自滅する選択」を以下のように説明しています。

　自滅する選択は、自分で選んだにもかかわらず後になって自分を傷つける矛盾した行動なので、時間を通じた選択だけに起きる現象です。自滅選択が本質的に異時点間選択だというのはこの意味においてです。たとえば過食という現在の選択は、現時点で満足感や活力という利益を与えてくれますが、その一方で肥満という形で将来の不利益をもたらします。（中略）
自滅する選択は、このように現時点の利益か将来時点の利益かを決定する異時点間の選択の場合だけに生じる自傷的行動だといえます。

池田新介著「自滅する選択」東洋経済新報社刊P９ より
（文中太線は筆者によるもの）

　私はこうした「自滅する選択」が、時間割引率の特性や個人差に関係なく他の環境要因などが影響して、誰にでも起こりうるものと考えています。ただ時間割引の特性から考えれば、指数割引の高い方や双曲割引の方の可能性はより高くなると予想できます。
　更にこの本には自滅的選択が引き起こす問題行動の代表的なものが列挙されています。例えば過食（肥満）・ギャンブル・過度のアルコール摂取、加えて「借り入れ」というように、私たちの日常的な行為が、相互に関連しながら自滅する選択に繋がっている可能性を、相関するデータを基に示されています。
　こうした「自滅する選択」に陥る根本的な原因は「現在の価値を過大に見積もってしまうところにある」とも言えますが、人間の進化において「食」をはじめとする生存にかかわる行為が、何よりも最優先されたことはやむを得ないことでしょう。結果として上記のような問題行動においても報酬系回路は区分なく機能し、現在の快感を与えてしまいます。
　しかし同じ問題を抱えた双曲割引の人にとっては、ダイエット・禁酒・禁煙といった長期的な改善プランが理に適った行動として映っているだけに、これを現在の選択肢にできないことは余計に歯がゆさを感じてしまうことになります。もっとも、指数割引が高い人との単純な比較においては、改善プランを描けるだけでも大きなメリットだと私は思いますが…。
　いずれにしても、あとはこれを実行に移す方法があるかどうか、というところに行きつくことになります。

➤自制問題とエージェンシー問題
　さて双曲割引において賢明な選択者であるためには、自分自身の双曲割引という時間感覚をしっかりと自覚すること、つまりメタ認知力が必要です。また私自身の考えにすぎませんが、指数割引が高い方の場合でも、メタ認知よって自分の特性を知り自制問題に向き合うことで、一定の改善効果が期待できるのではないか、と思っています。
　池田氏はこの自制問題を、「長期的自己という依頼人（計画者）」と「短期的自己という代理人（エージェント）」との間に生じる利害対立（エージェンシー問題）と説明しています。つまり、ダイエットを望む依頼人の長期的な意図を、依頼を受けて遂行する代理人が「先送りや後回し」によってことごとく反故にしてしまうという構図です。
　依頼人にすれば問題は代理人にあるため、ビジネスなら手っ取り早く代理人を代えてしまいますが、この場合はそれができません。したがって、じっくり構えて、「いかに代理人を自分の意図通りに動かすか」という策を練ることになります。いうまでもなくこの代理人は、よくも悪くも自分の分身ですから、腹を据えてじっくり代理人の行動パターンを探る、という地道な努力が必要になってきます。