伝説の神回の再々放送に備えよ~荻上チキさんも恐らく0.5点で不合格
Eテレ「ニュー試」
7月10日(水) 午前0:00〜午前0:30
松丸亮吾
影山優佳
さて神回の再々放送、NHKプラスをのぞけば、とりあえずは最後のチャンスです。
タイトルにかかげた荻上チキさんは恐らく0.5点というのは、このnoteでかかげた
「なぜリベラルは負け続けるのか?」
に対する答えのひとつでもあるのです。
(日本のすべての問題は陸続きです)
荻上さんは以前インタビューで次ようにの発言していました。
どう思いますか?
私は実は「かっけー」とか思ってしまいました。
でもしばらくして、「あっ」とあることに気づいたのです。
荻上氏は若いので生まれた時からゲイ差別はNGが常識的な社会を生きてきたかもしれませんが、私の場合はよくよくよ振り返ると、幾度となく「アップデート」を重ねて、やっとこさ今にたどりついたわけです。私個人というより社会全体がそうでした。
70~90年代くらいまでは、
「ボクにはそういう趣味はないから」
というような言い回しもごく普通の善良な男が慣用句的に使っていていた時代です。、
そのアップデートの事実を忘れて「かっけー」と思っていた自分が恥ずかしい。
というか危うい。
逆にいえば、荻上さんのような若い人も、社会はそういうふうに形成されたという事実を受けとめるべきです、
世の中をよくするということは、その手前には啓蒙・啓発、つまり説明・説得があるべきで
「あたまが悪い」と一蹴する姿勢は、「論破」よりも生産性がない。
逆にアップデート前の差別的な考えというのは完全無知な状態からすると、むしろわかりやすかったりします。
雌雄が交わって子孫を増やすのが生物として自然な行為だ…とかなんとか。
だから同性愛差別NGはわかりきっていることだから前提とするべき、いまさら説明など要求する社会はおかしい…というのは
「バカはおいてくからそこで死ね」
といっているに等しいのです。
そうなると単純に数のゲームとして見てもリベラル陣営の頭数は減る一方です。
ほんの90年代まではとんねるずあのネタがあたりまえだったのです。