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進撃の巨人は愛とバカの話だった(と思った)

まぁいろんな意見があるやもやけど、わたしはアニメ見終わった後「あ、これ愛と人間のバカさについての話やったんや」と解釈した。

SNSで誰かが「進撃の巨人めっちゃよかった!」的な、なんてないどこにでもある感想を発信してて「観よ!」と思い、見始めた。
なので、これがなんの話か毛頭分からない状態からスタートし、途中から話が複雑になって情緒不安定になった。笑
そんなときに、シリアの争いのニュースが見えるもんやからなんとなく自分の中でアニメの内容と現実がダブルところが生まれてしまって、あら大変。わたしはOLしながら世界と人類と平和について考える羽目になってしまった。

しばらく人類はどうやったら平和に暮らせるのか、そもそも平和に暮らすことは自然なことなのか等、もんもんと考え過ごした数日後に
わたしはすっきりとした気分になった。

なぜって、進撃の巨人が終わったからである。 

そしてそれは、人はどうしたって差別して傷つけあうことや、なかなか環境のせいだと切り替えられず憎悪を人にむけてしまうこと、1つの歴史を各自の見方でストーリーをつくることとか、そのへんに落ちてる人間のバカさについてはもちろんのこと、それだけではなかったことがわたしは嬉しかったのだ。

最後に進撃の巨人で見えたものは色んな愛のカタチについてだった。
大事な人に平和を与えたいと想う気持ち、愛する人の役に立ちたいという気持ち、呪縛から切り離して安らかにさせたいという気持ち。
それらの愛が、そのパワーあったらイーロンマスクも超えれるでってくらい力を発揮してるアニメやった。

このバカな人間の社会のなかで、日本では戦争のない時代がちょっと続いている。とくに日本は自然災害との勝負があるんやからさ、この平和が続いてほしい。

てかあと30年で南海トラフ100%という話もあるやないか。なんで日本に住んでるんやろとふいにアホやなという気分にもなるが、いつ死んでもいいように生きようと思える、日々に感謝しやすい環境下でもある。(わたしにとっては)

この平和に感謝して日々生きよう。
ただこうやってだらだら感動したことを友達と共有することなんかが、生命活動には不要なことでも、わたしには必要なことなんや。
(このくだりは進撃の巨人みた/読んだ人にはわかるやつ)

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