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とある街、とある人、とある決断

とある街に来て、とある人たちに出会い、とある決断をして今がある。

選択の連続の人生だ。

わたしの人生って面白い。

あなたの人生はもっと面白いだろうけど。

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人生が凸凹道に

家族にも友人にも伝えられなかったこと

昨年8月某日、私は大学進学の為に地元を出て、引っ越して来たはずのとある街を

飛び出した。


その訳は、大学に行くことを辞めたからだ。

それだけ。


家族にも、中学、高校で仲の良かった親友たちにも、大学の友人にも伝えないまま、私は大きく転んでみることにした。


ふつう、大学を辞めるにせよ、仕事を辞めるにせよ、その先のことを少しは決めてから動き出すはずだけど

そう、私はふつうではなかったみたい。

その先のことはほとんど決めずに、

バカみたいに夢だけを抱えて、素直にまっすぐ転んでさ、

すり傷くらい作っても良いんじゃないかなって思ったんだ。


この瞬間、教師になることを目指していたふつうの大学生の人生が
いっきに凸凹道に切り替わった、というよりかは切り替えた、かな。

自分で選んだから。


これから私の人生はわたしの責任なんだって母が教えてくれた。


 始めてひとり暮らしをした1ルームのアパートに、洋服、靴、思い出のある品々。

そして、この街で出会えた人たち、、、


なにかを決めたら、なにかを失うということを身をもって感じたよ。


これから何が起こる?誰と出会う?どこで、何をする?、、、

なにも分からない。

何もないわたし、空っぽで0になった。

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別れ

旅たちの時。

私に残っていたのは、ただただ広がっていく夢、やりたいこと。

たっくさん素敵な人と出会えたこの街を出て行くのは、涙なしでは不可能で

心に大きな穴が空いた感じがした。


こんなに悲しくなるなんて、別れはいつまでも苦手だろうな。


でも、私が決めたことだからね。

この街にいる、この日がずっと続けば良いななんてことを願ってしまうけどさ

時間は止まらないことくらい知ってるもん。



ある人は言った。

『いつでも帰ってきてね』と。

ある人は言った。

『帰ってこなくて良いよ。』と。       

『帰ってこないでほしい。』と。

私が、家族にも親友にも伝えられなかったこの決断を『いいね!』とひとことで受け入れてくれた人だ。

この言葉の意味はわたしにしか伝わらないんだろうな。

帰って来ないで、と言われているのにその言葉はとってもやさしい。


この街が、ここにいる人たちが大好きで、本当はここに居たいのに、

私は違う場所を選んだんだ。ここじゃない、まだ知らない場所。

この選択が、間違いだったと思うような生き方はしてはならないと心に決めた。

 それに、またここに帰ってくるんだろうなって感じた。

大切にわたしの中に刻まれた記憶。

とある街での出会いは、私がそこにいた証。

再会

なんだ、再会できてるじゃん、わたし。


絶対にまた会えると信じているけどさ、別れの瞬間は永遠のように感じるよね。

この別れにわたしの心は追いつけていなかったと思う。


そして、5ヶ月くらい経ったある日、やっぱり私はこの街にいた。

ほらね、また帰って来ると思ったもん。

まあ、思った以上に早かったかもしれないけど。


そして、あの時お別れした人たちと再会できたその日は、なんだか心が浮かれて

公園を歩いていたら涙が溢れそうになったよ。

永遠の別れのように感じたあの日の私が

なんだ、再会できてるじゃん!って笑ってる。


新しい幸せを見つけた気がした。

出会い、別れ、再会。

素敵だね。


でもまだ会えない人はいる。

それぞれの旅があって、人生があるもんね。

みんないろんなところで旅している。

みんな別れと出会いを繰り返してる。


また、会おうね!

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わたしの物語

わたしは学生を辞めた。
あたりまえに社会人ってよばれる人たちに仲間入りしたわけ。

でもおかしな話、まだ社会人って感じはしなくって
でも、もう学生ではなくてさ

わたしって何なんだ?とふとした時に思うんだ。

何者でもないわたしの存在に気がついた時、

何者にでもなれるわたしが居ることも知った。


社会人と学生、大人と子ども。
そんな風に自分を区別はできないような

そんなどうだってよい話を考える時間が増えた。


大好きな街から離れた期間、わたしの頭の中はどうだって良いことでまっくろに埋まっていた。

これからしていきたいこと、夢をノートに書きとっては、悩むの繰り返し。

わたしは何のためにこの道を選んだのか、、、その理由を忘れ、考えることだけしてた。


でもね、新しい1年がやってくるころに思い出したんだ。

動くこと。行動すること。

この場に留まっていたら何もできない、何も変わらない。

わたしは何も残せずに死んじゃう、、なんてそんなことはイヤだよ。

いろんな人と出会えたよ、そしてお別れも。(幼少期のお話しから)

20年間生きたんだけど、本当にいろんな人たちに出会えたなぁって思う。

その分、いろんなお別れもあったなぁ。


昔から、転勤族だった私の家族。


北海道で生まれ、九州で数年間、暮らした。
そして、青森に引っ越して。
北から南に、そしてまた北にと転々とした幼少期。

5歳の私はそこで初めて、別れを経験した。

その頃の私には、お友達とのお別れをよくわかっていなかったから、

ただ家族のうしろをついて行く日々。


でもね、私が引っ越すことを知ったお友達が泣いてくれていたんだって。

それが少し嬉しかったことは覚えてる。



それから10年経ち、やっと、あの時泣いてくれたお友達の気持ちがわかるようになった。



でもね、『生きていたら会えるやん!』

って何度も出会いと別れを繰り返して、教えてもらった。

たしかに。ほんまそれ!やなって思う。


だから、絶対に長生きしようと思った。

そして、出会ってきた人たちともう1度会いたいな。
100歳まで生きることが私のバケットリストのひとつになった。


ただ人生って、いつ何が起こるかわからないから、こわいけど。

それがおもしろいんだよね。

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良い人生

最近、コーヒーを自分で淹れてみたり、クレヨンで絵を描くことを始めてみた。

今こうして、noteを書いていることも、日常の中で、なにかを始めるのはそれぞれにきっかけがある。


私の学生時代のあらゆる きっかけ になる人たちは先生が多くて、

いつのまにか教師になることを目指していた。

それだけど、とある決断をして、外の世界をすこし覗いてみたら

たっくさん、きっかけ になり得る人たちが居たんだよね。


そんな人たちは私にとってみんな先生に見えた。


先生って、学校の先生だけじゃないんだなって気付かされた時、

私が教師を目指す意味はなくなって、いつのまにか凸凹道へ進んでいた。


それでも、私は先生になるって夢は変わらないと思う。



人生は選択の連続だ。

そして、良い選択が正解といわれる世の中。

きっと私は100点満点の選択をしてきていないけど、

それでもおもしろい人生だなって自分で思えるから、それで良いんだよね。

これからも満点からは遠ざかっていくんだろうなぁ。


先生になれるかな。


1日を生きることが、夢をかなえるための研修だなって最近思う。

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『書きたいときに書けば良い』そんな感じでゆっくりゆっくり書きました。

この文は、きっと終わりはないから

途中で公開させていただきました。

わたしの言葉であり、記憶です。
最後まで、ご一読いただきありがとうござます。



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