小さなお話 『 窓際パズル 』
窓の外の風景を見ていると、窓枠の隅の黄金虫が目についた。窓の内と外のどちらに付いているのか分からなかった。虹に渡るその色合いは窓の外の風景より豊かに美しいように思えた。すると黄金虫は一片のピース、パズルのワンピースに姿を変えてしまった。黄金虫であったワンピースは窓の右上にへばり付いていて、今度は確かに内側、部屋の中側に居るようで、その色はその位置取りに相応しく窓の外の空と同じ青だった。碧い蒼。透き通る一片が黄金虫の死骸となって私の指先に触れていた。この形には黄金虫のギザギザとは違うパズルのピースの凸凹が、窓枠に触れない二つの側面についている。私は窓の外の風景に目を遣りながら伸ばした手の指先に触れる一片のピースにも意識を沿わせ、そこから広がる一つの確実な風景を想って、一つのピースの幾千の兄弟、窓枠を満たす他の有象のピースを望んだ。
すると私の座っていた小机にコツンと小箱が落ちてきて、蓋を開けるとその中にジャラジャラとパズルのピースが入っていた。窓枠を満たす色合いをバラバラにして混ぜ合わせたような色彩がそこに重なり広がっていた。今この時にこそ窓枠をパズルのピースで埋め尽くすべきだと、私は窓ガラスが風に軋むような音のしたその時に思った。そうして小机を窓際に移動してから机上にピースをばら撒き広げ、かつて黄金虫であった空の青のピースの凸凹に合さるように、まずは一つのピースの二つの片割れを探した。私が見ていたのは小さな窓に広がる小さな風景であったので、ピースは思ったよりすぐに見つかった。どちらも雲の白の飛ぶ淡い断片でありながら異なる凸凹を持っていたが、どちらもすんなりと最初の青のピースに合わさり窓枠に嵌ってくれた。その二つに挟まれるようにして在るはずの一つのピースを机上に探し、それをそのようにして嵌め込みながら、私は窓の中と窓の外の風景の重なりに静かな美を感じていた。そのようにして単純な工程を何度か繰り返すと、私は一歩退いて二つの風景を見比べるようなことをした。二つはしっかり重なり合っていて私は安堵し満足した。風が窓を叩いて軋ませた時にピースが揺れるのが怖くなってしまった。
私は急いだ。窓の外では風景がゆっくりとしかし暮れていく。私の触れる窓の外では、ピースで埋め始めた右側の風景から徐々に赤みを増していっていることが、ピースに埋まりつつある窓の中央、窓の上に引かれた窓の外と中の境界線のその上で、青と赤、碧と紅が曖昧に混ざり合い始めていることから分かった。私は残された部分が碧い間に窓枠を青のピース凸凹で埋め尽くそうと急ぐしかなかった。暮れ行く日の熱に当てられて窓が微かに温まっている。その熱を遮り無視するように私は空の青で窓枠を満たしていった。凸凹に凹凸を合わせ沿わせて寄り添わせ、漸く最後に一つの風景が完成された。間に合ったのだ。窓には永遠の青空が広がっていた。ピースピースの隙間から滲む薄光に照らされるばかりの、薄暗くなった部屋で私は小さく嘆息を漏らした。
着実な進行により齎された成果を薄闇に眺めていると、しかし窓枠の右上の一片のスペースから光が、微かな熱と赤を持った光が部屋に差し込んでいるのが見えた。その光の筋が床に落ちているのも、その筋の周囲で埃が仄白く揺らめいているのも見えた。私はどうしてと思って窓に近づきその窓の右上の一点を見つめると、そこを満たしていた一片が消え去っていること、そこに最初にあって全てを始めたはずのものが飛び去ってしまっていることに気が付いた。そこから覗く覗ける窓の外は内側より微かに明るいだけの暗闇に見えた。私は損なわれた満足を充足しようと、他にあるべき一片を部屋の中に探し求めた。
すると私の視界より更に薄暗い私の背後から誰かが、私の肩をコツンと叩き、私の耳元でポツリと呟き、そして私の右手を緩く握ってから開かせ、そこに一つの凹凸を握らせた。その者が帰っていった暗闇より薄明るい私の視界で右手をゆっくりと開くと、そこには一つの真っ青なピースが眠っていた。私はその表面を覆う細かな綿埃をふうと吹き飛ばし、空の澄み渡る青をそこに回復してから、嬉々とし急いで窓の右上の穴をそれで塞いだ。時刻は夜となっており、光が塞がれる一瞬は見えなかった。
こうして窓際パズルは完成し、全ての風景が失われた。後は音だけが友人となった。