欲と動きについて
この(便宜的な)記事を書くに当たってまず、便宜的かつ最小限かつ最低次元の分別を導入する。
理智:
時間としては長く、空間としては広く、程度としては深くそして強く、個人の状態や生存に囚われずに感覚し感情し、よってそのように思考、動作、観察、発想するようなこと(気分)の母体であり主体
欲求:
時間としては短く、空間としては狭く、程度としては浅くしかしながら時として強く、個人の状態や生存に囚われるままに、つまり環境からの影響そのままに感覚し感情し、よってそのように思考、動作、観察、発想するようなこと(気分)の母体
その上で本記事の論旨、目的、結論として、以下のような表現をしたい。理智と欲求をバランシングしつつ、理智に沿った目標を達成していくことが人生の目的として適当だと。
よってボディとして以下では、代表となる欲求について詳述し、その各々の欲求を、あくまで理智へのバランサーとして留める、維持するにはどうすればいいのかを考察したい。
まず代表となる欲求としては、ズバリクラシックに食欲、性欲、眠欲が挙げられる。私の往々としてリズムのために睡眠欲を眠欲と表記している。さて、示した通りに論を進めるとすれば、「それら各々の欲求を理知へのバランサーとして抑制し維持するための方法」を考察するのであるが、やはりここで一歩戻った段階での問を突き詰めたい。つまり、「欲求一般を理知へのバランサーとして抑制し維持するための方法」について。
まず、言語表現としては欲求を欲望にも欲動にも転化させないこと、そのそれぞれについて更に具体的には、欲求が欲望に転化しないように社会的認知を低減し、一方では欲求が欲動に転化して自らを支配しないよう(自らとならないように)に適度に欲求を満たす、となる。その一つ一つについて見ていこう、とその前にこれ以降の論の骨子を図示しておく。
図示された骨子に沿って更なる分別を必要限度に導入し、その上で各々の顛末例を想像し紹介してみたい。
欲望:欲求自体への欲求、視線の中の欲求、社会化された欲求、隣や周囲の人より欲求を追求及び充実している状態を見てもらうことで社会的動物としての優位を示したいという欲求(に喰われ覆われた中空の欲求):欲求を欲望に転化するには多数の他者の視線を想像し、そこから自分の姿や欲求そして充足状態を観察し返すことが求められるため、その分だけ認知資源が喰われ、よって、自分が何者で何を欲しているのかを想像しにくくなったり完全に喪失する。
欲動:欲求それ自体への同化:欲求への自らの視線さえも失い、よって自分が何者で何を欲しているか、それ以上に自分の現実的な立ち位置や状態、そして周囲の状態や環境または与えられた条件群の全てに関して盲目となり、偶然や事故または施しによってしか満たされないことが約束される。
奔走・狂奔・荒狂:欲望か欲動かによらず、欲求や自分の姿形や性質そして充足条件を観察する意識資源を欠いているか完全に喪失しているかにより、不良不十分となった行動。端的にはこれによって欲求は満たされない。
行動・活動・実践:理智が欲求と均衡しているか包含しているかの状態での行動。欲求や自分の姿形や性質そして充足条件を観察する意識資源が十分に保たれた上での行動。端的にこれによって欲求は満たされるし、理智と均衡した欲求充足を繰り返していくと欲求自体が高次元なものになる。つまり複雑性を増していく、動物的な基礎分類に囚われなく、また、個人の枠にも収まらなくなっていく。
この上でまず「欲求が欲望に転化しないように社会的認知を低減し、一方では欲求が欲動となり自らを支配しないように適度に欲求を満たす」にはどうすればいいのかを示す。しかしこの記述は非常に簡潔に終わる。
前者:記録や瞑想等によって内省機能を増進しておく。また、培った内省機能がダウンしないように、保温・保湿・栄養・運動・早寝早起きといった vital life things を充実させておく。ちなみに内省機能とは究極的には他者や環境から自らを切り離した状態で自らを詳細に観察記述する能力を指す。しかしこれは後者においても必要となる。
後者:適度に満たすには適度に満たすしかないが、その適度というか適当なタイミングを見計らう、感知するための観察センスを養っておくことが重要となる。自分の気分状態(感覚・感情・思考のベースとなる世界観や人間観の通奏低音のようなもの)を日々記録にとっておき、そこに暗雲鬱々とした雰囲気や攻撃性が見えてきたら、それは最後のタイミング、アラートである。
この後者については欲求のそれぞれについて論を少し進めておきたい。
食欲を適度適当に満たすには:小分けした常備食こまめに取ること。ナッツやオイル、時にチキンや魚の缶詰、または私の場合はEAA等を部屋に常備し、外出先には持っていったりする。実際のところ食欲というより的確に栄養を満たしていくことになる。
性欲を適度適当に満たすには:まず規則的な生活を送ることでムラを作らない。そして余剰はできるだけ運動や創作によって消費還元する。それを越える余剰については、または時に求め求められるままに、一定のパートナーとの深く持続的な快楽と愛着へ投資する。
眠欲を適度適当に満たすには:早寝早起きしておくことと、それが不達成であった場合は take a nap。究極的には惑星の運行に身を委ねる。
そして本記事自体の要旨を繰り返すが、理智と欲求をバランシングしつつ欲求を高次複雑化していくこと、そのようにして理智と伴走する欲求を充実させていくことが、人生の目的として適当だ。