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寓話 』 物語 『 』』『『 』』』『『』『『『』『『』』『




寓話と物語の違いについて、体感し納得しつつあった私は、私に寓話を語らせるのではなく、人々に物を語らせようとした。

しかしながら人様の口は重く、唇は往々にして固く閉ざされていた。ならばまず、彼ら人々の顔面に安らぎをもたらそうと、私はピエロになることを選択した。

ピエロとなった私の表情は踊り、その分だけ言葉は沈黙した。彼ら人々は私の踊りに笑い狂い、遠くなるような酸欠と過呼吸の末に漸く、自分達の内に沈み隠された語りの魔境を開いてくれた。

しかしいざ開いてみるとそこにあるのは素朴と素直で、多くの人々が無垢な期待と不安を開陳していた。究極的なところそれら全ては、生活の基本的事項に集約されるものだった。

私は困った。誰の語りによってどんな物語を始めようというのか。最悪、始めに言葉があった頃まで戻らなくてはならないような気がした。

しかし私はこの世のピエロとしてその時代に留まることを決意した。同じ理由で時空を何度も代えるのは安易であるように思えたからだ。

それにどこを探しても刺激的な初めてというものがあるものだ。私は偶然に降り立ったこの時代に、ひとまず自分の認識を拡張し、ともあれ自分の認知を掘り崩してくれるような初めてを探し出した。

幼い私にとってのそれらは思いの外すぐに発見された。人を殺すこと、物を動かすこと、お話を作ること、何処か誰かの眼球から脳髄へ、末端から中枢に辿り着き、そこにある記憶をどぶさらいしながら、手にした砂金を洗って熱し、その人の欲しい指輪へと鋳造し、綺麗になったら記憶の泉に投げ込んで、最後にそこに、失われた指輪を巡る神話を書き残すこと。

こうして私はピエロとして、稀代と言える程に複雑に発達した。動きは柔和で流れるようだった。誰もが私の身振りに寄り添って歩き、別れた後も思い出した時に微笑んでいだ。私にはこの時、血の赤を空のように広げることさえできていた。

が、しかしながらやはり、彼ら人々に語らせ、そこから物語を紡ぎ出すことには失敗し続けていた。狙いが悪いと判断した私は目標を変えた。

私は鳥に語らせた。彼らは空気という重みを我が身の軽さへと変換する、羽毛に宿る精巧の妙について語ってくれた。その話し振りに私は、豊穣な立体に生きる彼らの認知と感情は、私のそれらに収まらない程に壮大かつ複雑に発達していることを見てとった。彼らの進化は奥行きが深く、重力による洗練が肉体の無駄を削ぎ落としていて、肉体こそが彼らの精神となっていた。私は、鳥達の物語は人間には早過ぎると判断した。

私は魚に語らせた。彼らは水を掻き分けるのではなく水に吸い込まれていくこと、そのために目前ではなく遠く遠くの未到達地点のそのまた遠くを信じること、そして誕生と死の時以外には感情を表さないこと、その他幾つもの形質の全ては海という完全調和を支えていることを教えてくれた。彼らの進化は過去の遥かな深みから湧き出ていて、彼らはこれからのずっと先も海の柔らかな断片として機能し存在していくように思えた。私は、魚達の物語は人間にとって疾過ぎると判断し、そそくさと海を上がって陸に戻った。

そして私は昆虫に、語らせることができなかった。昆虫は大きな一つの意志に動かされていて、その広がりは全体を越える膨大で、植物とは互いに根を張り合うように連絡しつつも、人間が彼らの言葉を聴き取るには、既に進化がそれぞれに進み過ぎてしまっているように思えた。ピエロの私にも最初の一瞥から諦めしかなかった。その他あらゆる微細な生命と会話するには、私を含めた人間というものは、粗野で粗大になり過ぎてしまっているようだった。私は、昆虫と微生物の物語は人間にとって古過ぎると判断し、馴染みの世界にとんぼ返りした。

そしてお馴染みの平野で、人間についてどうしようかと、昔からの問いに立ち返る羽目に陥った。人間達は平野の片隅で未だに、軽さか重さの両極に捉われ、幾つかの種類に分類される無垢の感情に攫われ、あらゆる流体に流されることに抗って身を固くしていた。植物の囁きを聴き取ることなどは到底不可能のように思えた。

彼ら人々の心理機構で、その日常的な固さは怒りとして感じられているようだった。様々な生物相を巡ることで以前より柔軟なピエロになっていた私は、ショットガンからメスそしてハンカチーフに至るまで、適宜に応じた道具を駆使することで、人々の極端と無垢そして固さと怒りを切除しに掛かった。

そのようにして初めての殺人が執り行われようとしたその時、私よりずっと柔軟そして複雑となった神のようなピエロが、何かお話をしてくれないかと、私の目を見つめ、眼球から脳髄へ、私の記憶に語り掛けてきた。漸くである。私の記憶は参照された。私はそれから数世紀、私の初めての物を語り続け、今では三十に近い物語が、時として寓話のように読まれている。




本当のところ

言葉より先に在った神様は

こんな言葉遊びをいつ終わらせようかと

永遠に背を向けて

ぽりりぽりりと頭を掻いた




















そして今も人間は

時にピエロを出しながら

あらゆる寓話と物語を

足跡のように紡ぎ出し

忘れ去っていく