降下作戦
(2)
オンラインゲームで知らない人から一緒にプレイしないかと誘われた。そんなことは初めてだったので、緊張とちょっぴりの不安、そして子供の頃のようなワクワクした気持ちになった。
新しい世界の扉を開ける感じ、今まで知らなかった世界から呼ばれる感じ。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、朝の食卓で「父ちゃん、なんかいいことあったの?」と息子が聞いてきた。
「なんだかソワソワしてるよ」
「そう?」
昨夜オリジン・シティを歩いていると、知らないプレイヤーから一緒にプレイしないかと誘われたのだとぼくは答えた。
「いいなあ。僕も一緒にプレイしたい」
「約束したのは、夜の10時からだからねえ。きみはもう寝てる時間だ」
「ずるいなー」
「ずるくはないよ。もしフレンドになったら、いつかきみも一緒にプレイできるかもしれないな。さあ、食べ終わったら着替えて、国語の音読やって」
息子は不承不承うなずき、最後に残っていたパンの切れ端を飲み込んだ。
夜になるとぼくの部屋で息子とゲームをした。いつものように二人でデュオを組み、バトルフィールドへ降下し、他のプレイヤーたちとバトルロイヤルを繰り広げた。ぼくたちは一位は取れなかったけれど、惜しいところまで何度かいった。
「父ちゃん、ほんとに他の人とプレーできるの?」
「なんで?」
「だって、もうちょっと射撃が上手くないと、相手の人についていけないんじゃない?」
その日最後のプレイが終わると、息子は羨ましさと隣り合わせの少しいじわるな声で言った。
「まあね、始めたばかりだからね」
「どうしてその人、父ちゃんを誘ったんだろう?」
「さあ、たまたまじゃない?」
納得のいかない顔をして、息子はゲーム機の電源を落とした。夜の9時になったら寝る約束なのだ。
ぼくは息子と一緒に歯を磨き、おやすみを言ってから自分の部屋へ戻った。間接照明で照らされた室内にモニターがぼうっと輝いて浮き上がっていて、小学生の頃に好きな本を夜中まで読みふけっていたときの静かな高揚感をぼくは思い出した。
約束の時間になり、ぼくはオリジン・シティのアーケードへ行った。何人かのプレイヤーが商店の連なる通りを歩き回り、立ち話をしたり互いにダンスを披露したりしていた。アーケードの先には、オリジン・シティの中心部に立つ巨大な塔が夜の霧のなかで赤く輝いているのが見えた。
やがて頭上に《ダズ》とハンドルネームが表示されたキャラクターが近寄ってきた。昨日と同じようにフードを深くかぶっていて、その顔はよく見えない。
「準備はいいか?」
「ああ」
「降下ポイントは俺が決めていいか?」
「いいよ」
ぼくとダズはデュオを組み、バトルフィールドへ降下していった。フィールドの上空にはシャトルから降下する他のプレイヤーたちの姿が見えた。誰もが一番最初に有利な地点に降り立ち、宝箱を開けて武器を集め、他人より優位に立とうとしていた。
だがダズは他プレイヤーを尻目に、普通なら誰も降り立とうとはしないフィールドの外れの砂漠地帯に降下していった。
「どうして砂漠なんだ?」
「嫌なら離脱してくれてもいいよ」
「せっかく始めたんだ、このセッションは最後までやるよ」
初めて降り立った砂漠にはぼくたちの他に人影はなく、風に舞う砂つぶが太陽に照らされてキラキラと宙に輝いては消えた。
「宝箱も何もない。これからどうするんだ?」
ぼくはバトルフィールドの全域マップを開いた。まもなくストームが現れバトルフィールドを取り囲む。ストームから逃れて安全な場所へ移動しないと、ストームのなかで体力を奪われてゲームオーバーになってしまう。
ダズはストームの安全地帯とは逆の方向へ走り出した。ダズの足元の影がさらさらとした砂の上を滑るように動き、その姿はみるみる小さくなっていった。あわてて彼の背中を追って走ると、砂漠地帯の真ん中に来たところでダズは立ち止まった。ぼくが近寄ると、もっとこっちへ来いと彼は手招きした。
「ここでしゃがんでくれ」
ぼくたちの正面の空に太陽が白く輝き、しゃがみこんだ二人の影が真後ろに黒く伸びた。やがて二人の周りを四角い光が取り囲み、足元の砂が崩れてぼくたちは地面の下へと滑り落ちていった。
画面が一瞬真っ暗になり、それから次第にうっすらと周囲の様子が浮かび上がって来た。あたりは古い石造りの遺跡のようになっていて、ブーンという低い音が鳴ると、遺跡の天井を幾何学的な模様をした緑色の光が輝き、内部を照らした。遺跡は古びていたが、オーバーテクノロジーによってつくられた巨大な施設のようだった。
ダズの後ろをついて遺跡の最深部にたどり着くと、台座の上に金色に輝く球状の光が見えた。
「これは何?」
「ナーミだ」
「何それ」
「とても大事なものなんだ。手に取ってくれないか?」
「これを入手すると何が起こるんだ? 世界を救う役割でも仰せつかるのかい?」
「それ以上だよ」
ダズはボイスチェンジャーで加工した声音でそう言うと、ぼくに向かってうなずいてみせた。
ゲームのなかのことだからと、ぼくは軽い気持ちで台座に近づき、金色の光の球体に手を差し伸ばした。光に指が触れると、画面いっぱいに白金色の輝きが溢れ、すべてが溶けるように消えていった。
気がつくとぼくはオリジン・シティに戻っていた。いつものようにプレイヤーたちが仮想都市のなかを歩き回っている街角に、ぼくは一人で立っていた。ダズの姿を探してぼくはアーケード内を歩き回ったが、彼の姿は見当たらなかった。
(つづく)
ありがとうございます。皆さんのサポートを、文章を書くことに、そしてそれを求めてくださる方々へ届けることに、大切に役立てたいと思います。よろしくお願いいたします。