一緒に遊ぼうよ
(10)
リモートワークが当たり前になって、自宅にいることが多くなって、毎晩息子とビデオゲームをして遊ぶようになったのは、パンデミックになってよかったことの一つだった。
それまでのぼくはいつも遅くまで働いていたし、いつも疲れていた。いつも体のどこかの調子が悪く、それをごまかしながら暮らしていても、晴れやかな気持ちでいることが難しいときもあった。疲れはすべてを蝕む。
だが、リモートワークの日々を長く過ごすうちに、ぼくは少しずつ回復していった。ピラティスとストレッチを日課とするようになり、日の暮れた時分に近所を走って、毎晩息子と楽しくビデオゲームを遊ぶようになった。
今という時間は今しかない。今をいつかに先送りしたら、その時間は永遠に返ってこない。ぼくは彼と毎晩遊べるようになって、本当によかったと思っている。ぼくたちの肉体は永遠ではない。愛する者ともいつまで一緒にいられるかわからない。
ある日、二人でバトルロイヤルをプレイしていると、道の片隅に2台の赤いミニバイクが置いてあった。誰かのものではなく、誰でも乗れるミニバイク。
バイクはとても小さくて、ぼくたちがまたがると三輪車に乗る大人のようだった。大きな背中を折り曲げてミニバイクに乗る互いの姿を見て、ぼくたちは笑い合った。笑い声につられてぼくの懐中からナーミがひょっこり顔を出し、ポーンとジャンプすると息子の肩に乗った。
「いいこと思いついた」
ぼくは彼の「いいこと思いついた」が大好きだ。なんて素敵な言葉だろうと思う。
「このバイクに乗ってさ、バトルフィールドを一周しようよ」
「いいね。けど、敵プレイヤーと会ったらどうする?」
「その時はその時だよ」
そう言うが早いか、息子はミニバイクにまたがると、アクセルを吹かしてボボボボと走りはじめた。
ぼくはミニバイクにまたがると息子の後を追った。バイクのスピードはおどろくほど遅く、これなら自分の足で走った方がよっぽど速い。敵プレイヤーに見つかったらいい的だ。
いつもは敵プレイヤーを警戒しながら駆け抜けていたバトルフィールドが、ミニバイクに乗っているとずいぶんちがって見えた。起伏のある丘陵地帯を抜け、草原の真ん中を突っ切る一本道を走り、海岸沿いの曲がりくねった道を二人で下った。ゆっくりと目にする自然は豊かで、日差しを浴びた世界のすべてがきらきらと輝いていた。
「僕、もう武器要らないや」
無人のバス停の前を通りかかったとき、息子は不意に停車すると持っていた武器をガチャガチャと地面に捨てはじめた。
「敵プレイヤーと会ったらどうするの?」
「そのときは、笑って走り続ける」
「撃たれない?」
「撃たれるかもしれないけど、いいんだ。今はこっちの方が楽しいから」
バトルロイヤルでは、世界中から集められた100人のプレイヤーが、最後の一組になるまで互いに戦い合う。相手に勝つことに必死なプレイヤーがあちこちにいるこの世界で、武器を捨てることは自殺行為だ。
「ぼくは武器を持っておくよ。何かあったらきみを守らなきゃいけないから」
「いいよ。でも僕は持たない」
ぼくたちは再びミニバイクにまたがり、アスファルトの道路をゆっくりとたどっていった。
山頂へと続く上り道を走っていると、前方から銃声が聞こえた。音はだんだん近づいてくる。息子の首に巻きついたナーミはふわふわした白金色の光を逆立てて怯えた。
「どうする?」
「このまま突っ込もう」
息子は少し緊張しながらも笑って言った。
ぼくたちがまっすぐに道を上っていくと、遠くに銃を構えてこちらに向かってくる二人組の姿が見えた。相手もこちらに気づいたようだ。ぼくは本能的に恐怖を感じ、バイクを降りてブラスターを構えた。
「撃つな!」
息子が隣で叫んだ。
「でも……」
「いいから撃たないで。このまま行こう」
息子はアクセルを緩めなかった。仕方なくぼくはブラスターをホルスターに戻し、ミニバイクにまたがった。
相手がショットガンを撃ってきた。小さな弾がぼくの体をかすめたが、そのまままっすぐ、だが相手を刺激しないように少しだけ進路をずらして、ぼくたちは道を進んだ。再び銃撃され、ぼくも息子もダメージを負ったが、ミニバイクはゆっくりと走り続けた。
一秒、二秒と時間が過ぎ、ぼくたちは二人組の横を生きたまま通り過ぎた。どうやら見逃してもらえたようだった。ぼくはホッとしながら、笑いがこみ上げてくるのを抑えきれなかった。
「よく見逃してもらえたなあ」
「伝わったんだよ、僕らのことが。戦うつもりはないって」
山の中腹に差し掛かったところで、ぼくたちはもう一組のプレイヤーたちと出くわし、今度は銃撃を受けて、あっという間にキルされてしまった。だが、ぼくたちには不思議な達成感のようなものがあった。
「もう一度やろう」
オリジン・シティに送還された息子は、そう言って再びシャトルに乗り込んだ。
それから何回も、ぼくたちはミニバイクに乗って島中を巡った。誰もいない森林を走り、激戦区の市街地を通った。ただ走るだけのぼくたちは攻撃されるとなすすべもなくやられたが、こちらが撃ってこないとわかると見逃してくれるプレイヤーもいた。
ぼくたちは何かを主張するために非暴力で走っていたわけではない。ゆっくりしたバイクで走るのは楽しかったし、戦闘地帯を走るのはスリリングだった、それだけだ。
だが、誰もが他人を倒してトップを目指しているゲームで、目の前をトロトロと走るミニバイクに乗ったぼくたちが見逃されるなんて、それだけで奇跡のようだった。
こんな楽しみ方があるのかと、ぼくは子供の発想に驚かされた。結果を求めて何かをやるのではなく、ただ楽しいから、ただやりたいから何かをやる。ぼくも子供の頃はそうだった。ただいつの間にかそれを忘れてしまっていた。
目的があって、それを達成するために手段がある。いつからぼくはそんな考え方を当たり前だと思うようになったのだろう。いつもここではないどこかへ行かなければと思っていたし、何かを達成しなければならないと思い込んでいた。結果にこだわりすぎていた。
でも、そんなことは、たぶんどうでもいいことなのだ。
ぼくは隣でコントローラーを操り、ゲーム機の画面を見つめている息子の横顔を見た。彼がいつまでも自らの心が踊る方向へ、自分の内側から吹いてくる風に乗って、進んでほしいと思う。いつまでもプロセスそのものを楽しむ心を大事にしてほしいと思う。楽しむ心を忘れてしまったら、ぼくたちは生きている意味がないのだから。
そうして数日経ったある夜、いつものように息子とのゲームの時間が終わり、おやすみを言って書斎に戻ると、付けっ放しだったゲーム画面にメッセージが届いていた。
「No. 40のことで話したいことがある。今から会えるか? コーヒーショップで待っている」
ダズからのメッセージにはそれだけしか書かれていなかった。ぼくはコントローラーをつかみ、さっきまで息子と歩いていたオリジン・シティの路地を駆けた。人混みを抜けてコーヒーショップへ行くと、奥のボックス席にフードをかぶったダズが一人で座っているのが見えた。
ぼくが向かいの席に座ると、ダズは顔を近づけて言った。
「"彼ら"からメッセージを受け取った。一緒に来てくれないか?」
「今から?」
「こちらは朝の5時過ぎだ。きみが育てたNo. 40と一緒に来てほしい」
ぼくが困惑していると、ローブの胸元から白金色をしたナーミが顔を出し、ダズを見てから、ぼくの方をじっと見上げた。
(つづく)
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