Game Start
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ステイホーム期間中に、10歳の息子と一緒にビデオゲームをするようになった。
ゲームをやらなくなって久しいのだけど、大学時代の先輩から偶然古くなったゲーム機を譲っていただいたこともあり、子どもとゲームでもやるかという気になった。昔なら父親と息子はキャッチボールなんかをやるものだけど、今はビデオゲーム。時代が変わったんだなと思う。
息子がやっているのはジャンルでいえばバトルゲームというのだろうか、未来の世界に降り立ったプレイヤーがランダムで100人集められ、バトルフィールドに転移して最後の一人もしくは最後の一チームになるまで互いに戦うというもの。
ゲームにログインすると、プレイヤーはオリジン・シティという都市に降り立つ。そこでは自分のスキン(外見)を変えたり、ミッションの達成状況を確認したりする他に、他のプレイヤーと交流したりすることができる。
アメリカの中学生は放課後ゲームにログインして、オリジン・シティで友達たちと会うのだそうだ。そこでバトルもせずマイクチャットでダベり続け、飽きるとバトルフィールドに転移して他のプレイヤーとバトルをするらしい。外で他人と会うことがリスキーな時代背景が、メタバースでの交流を加速させているのかもしれない。
ぼくはソフトをダウンロードし、息子と一緒にゲームを遊び始めた。プレイヤーは自分のキャラクターのスキンを基本パッケージのなかから自由に選ぶことができる。スキンのデザインの幅は広く、SF映画に出てくる宇宙戦士のような格好から全身タイツのヒーロー、果てはファンタジー系の剣士や魔法使いから半獣半人のモンスターまでいる。
基本パッケージ以外にも、レアスキンが用意されている。レアスキンは課金してゲットできるが、武器や強さに関するパラメータを課金で強化することはできない。課金でできることは、ただ外見を変えるだけだ。だが人間とは面白いもので、基本パッケージだけでは満足できなくなってくる。自分自身を見た目で表現したくなる。人間とは、他者との差異を求めてしまう生き物らしい。
どうせやるなら雰囲気が大事ということで、ぼくたち親子も課金をしてレアスキンをゲットした。息子のスキンは闇に輝く正義の光、宇宙ニンジャ「ギャラクシー」、ぼくはトラの全身着ぐるみを着て、トラの口のところから顔だけ出している正体不明の男「タイガーマン」をスキンに選んだ。
「タイガーマンはね、満月の日になるとトラに変身できる。変身してもステータスは変わらないけど」
「ギャラクシーは?」
「闇モードと光モードを使い分けることができて、闇モードのときは暗闇で見つかりにくいんだよ」
澄ました顔でゲーム機を操作しながら息子が言った。どこで知ったのだろうと思うくらい、彼はこのゲームに詳しかった。どうやら人気Youtuberのゲーム実況を見ていろいろ覚えたらしい。
息子と一緒に二人組のチームを組み、バトルフィールドに降下すると、そこには世界中から集められたプレイヤーたちがいる。このゲームのアクティブ・プレイヤーは世界で4億人いるのだそうだ。4億人。ゲーム内で取引されるお金を考えても、これはもう一つの国家といってもいいかもしれない。
プレイヤーは他のプレイヤーに見つからないようにバトルフィールドのあちこちを探索し、隠された宝箱を見つけ、そこから武器やアイテムを入手する。そうして準備を整えてから他のプレイヤーと交戦を始める。
ぼくは息子の操作するキャラクターの背中を必死に追った。こういうのは子供が圧倒的に上手い。ぼくが敵のプレイヤーを見つける前に、彼はもう交戦を始め、相手を撃破している。隠し宝箱の位置や、敵プレイヤーが集まりやすい激戦区の場所など、ゲームに関する情報量も段違いで、ついていくのに精一杯だ。
だらしのないプレイをしていると、息子から叱咤が飛ぶ。もっと前方に火力を集中せよ、物陰に隠れていないで接近戦闘せよ。上官に怒鳴られながら敵陣に突撃する新兵のような気持ちで、ぼくは敵プレイヤーに攻撃を仕掛けては返り討ちにあい、息子に救助されるのが常だった。
ゲームとはいえ、これでは父親の威厳が台無しである。いつも子供の後ろを追いかけ、敵プレイヤーにやられたところを助けられているようでは、父親として面目が立たない。こうなったらコソ練をするしかない。
家族が寝静まった深夜、ぼくは自室のゲーム機を起動し、一人でオリジン・シティへ降り立つようになった。ソロでバトルフィールドに参戦し、大抵の場合は他プレイヤーにすぐやられたが、ゲームに慣れてくると、何回かはあと少しでトップまで手が届く順位につけるようになった。
ゲームをプレイするに従って、ぼくはバトルフィールドでの戦いよりもオリジン・シティでの散策が楽しくなっていった。ここは巨大で、おどろくほど細部までリアルに作り込まれている。歌舞伎町の路地裏とマンハッタンの高層ビル街がごちゃ混ぜになったような場所があるかと思えば、イスタンブールのバザールのように入り組んだ市場がある。そこでは本から食料品、化粧品や家電製品まで、ありとあらゆるものが売られていて、それはゲーム内だけではなくリアルの自宅までデリバリーされる。街を歩いているうちに、ぼくたちはいつの間にか現実が《本当に》拡張された世界に暮らしていたのだと気づかされた。
そうしたある夜、オリジン・シティのアーケードを歩いていると他のプレイヤーに声をかけられた。
「すいません、ちょっと頼みたいことがあるんですが」
デジタル加工された男の声で、フードを深くかぶったラッパーのようなそのキャラクターは言った。イントネーションに少し不自然なところがあったので、自動翻訳機能でしゃべっている外国人かもしれないとぼくは思った。
「なんですか、頼みって?」
「俺と一緒にバトルフィールドで戦ってくれませんか?」
「え、いいですけど、ぼく初心者ですよ」
ゲームの世界で知らない他人に声をかけられるのは初めてだったので、少し緊張しながらぼくは答えた。相手のキャラクターの頭上には《ダズ》というハンドルネームが表示されていた。
「じゃあ、明日のこの時間に」
「今からじゃないんですか?」
オンライン上で他のプレイヤーをゲームに誘うのは、今すぐ一緒に遊ぶ相手を探しているからだ。明日のプレイを約束するなんて聞いたことがなかったが、まあいいかとぼくはうなずいた。
「了解です。では明日の夜10時にどうですか?」
「JST(日本標準時間)の夜10時ですね。じゃあ、また明日。ここで待ってます」
ぼくとダズはフレンド登録をすることもなくそのまま別れた。なんだか奇妙な気もしたが、初めてゲームで知らない他のプレイヤーと遊ぶことになり、なんだかワクワクした気持ちでぼくはゲームからログオフした。
(つづく)
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