長谷川白紙 「エアにに」 ─世界と自己を言祝ぐ混沌と秩序
とうとう来ましたね。本日2019年11月13日、長谷川白紙の1stフルアルバム「エアにに」が発売されました。各種配信サービスでも同時公開。
昨年12月に発売されたミニアルバム「草木萌動」から1年弱、まさに待望の新譜だ。
前作に収録された「草木」を聴いてあまりにも驚き、完全に好きになってしまってこのあいだはMALTINE RECORDS主催の「CUBE」というイベントを見るために代官山UNITへ行ってきたのでした。
長谷川白紙を知らない人のために簡単に説明すると現在20歳のシンガーソングライター?トラックメイカー?で現役音大生?らしいがツイッター芸人じゃないかという噂もある。よくわからないですが楽しい人だと思う。
そんな彼は2017年にMALTINE RECORDSから「アイフォーン・シックス・プラス」という作品をリリース。
当時も話題になったようですが、今聞いてもその作品世界は通底されているように感じる。
また、他のアーティストの楽曲への参加や、楽曲提供、リミックスワークなどもいくつか行っており、特に先日発売された崎山蒼志のアルバム「並む踊り」に収録されている「感丘 (with 長谷川白紙)」は稀代の若手音楽家である彼らの個性と先進性が高いレベルで混じり合う凄まじい曲だった。
さて、今作「エアにに」についてですが、その前にまず、長谷川白紙の楽曲を「ひっくり返ったおもちゃ箱」、「聴くドラッグ」、「インフルの時に見る幻覚」とか雑な形容するのをやめろ!そうやってちょっと自分にわからん表現が出てきた時に軽薄に「狂ってる」とか言い出すのほんとよくないからな!まあ確かに壊れたおもちゃみたいなビデオは出してるけども!それとこれとは別だ!ちゃんと聴いて理解しようとしろ!
すいません取り乱しました。こんなこと言った後でなんなんですけど、俺も長谷川白紙の曲は1mmも理解らない。わからないなりになんとか読み取って良さを言葉にしようというのがこの記事の試みです。石を投げないで。
全体の雰囲気としては“ポップ”な要素が強くなり、リズムの変化、引き出しが増えたという印象。軽快にハネてシンコペーションを多用したリード曲「あなただけ」はその最たるものだし、「風邪山羊」のグルーヴィなシンセベースもたまらない。
また、客演でスーパードラマー石若駿が参加した「蕊のパーティ」では他の人のリズム・グルーブが新たな可能性を感じさせてくれる。
長谷川白紙はドリルンベースとかブレイクコアなどの電子音楽と現代的な(モダンというよりコンテンポラリーな)ジャズの空気を感じさせるトラックに緩やな(比較的長い音価の)歌が組み合わさっている楽曲が特徴的だが、今作の作品群はよりトラックが洗練されて歌が伸びやかになっているように感じる。
それは通っている音大での勉学の賜物(なんの専攻か存じ上げないが)かもしれないしたくさんの作品を作ってきた成果かもしれない。
トラックに関しては殆どが彼自身の打ち込みだが、アーティキュレーションが繊細になり、また、和音のボイシングや歌に対するハーモナイズが実験的でありながら自然に聴こえてくる。
リズムに関してもポリリズムやメトリックモジュレーションなどの技法を使いつつもそれが奇をてらっているのではない必然性を伴って響いてくるので面白い。ここでこうくるのか〜という新鮮な驚きがあって楽しい。
混沌を演出するかのようなドラムン・ドリルン系の高速ドラムは、展開に合わせてのパーツの出し入れとキメの作り方などが緻密にコントロールされていて、ここに秩序がある。このあたりはセルフカバー的な「砂漠で」を聴くとよくわかる気がする。
歌について、まず声の出し方がかなり変わったように感じる。中性的な声の質感はそのままに音が滑らかで柔らかくなっていて、前作よりもっと体の奥の方が響いているイメージ。
また、節回しなどやちょっとしたしゃくりの入れ方が今までとは違う雰囲気のところがあり、これもしかしたら崎山蒼志の影響じゃないかな……と勝手に考えている。そうだとしたら嬉しいなくらいの妄言です。
リズムのキレも大変良くなっていて、ライブが増えたりしたことも関係あるのかなとちょっと思う。パソコン音楽クラブの「Night Flow」に収録されている「hikari」にゲストボーカルで参加した時も感じたけど本当に歌がうまくなった。長谷川白紙はシンガーソングライターです。
前述のライブイベント、「CUBE」で見た時はボーカルマイクがかなり鼻よりのところを狙っていて、これも独特な音の由縁かもしれない。
さて、歌とは切っても切り離せない歌詞について書きつつアルバム全体をまとめようと思うのですが……俺が歌詞について語る術を持っていないのに加え、長谷川白紙の歌詞は俺にはとても難しく、果たしてしっかりとした解釈を持てていないのですけれど……まあやります。
「エアにに」がどんな作品かと問われたら、「感覚の煌めきと、その源である肉体からの解放」であり、「世界と自己に対する賛歌」だと答える。
世界を観測するためのインターフェースである肉体=自己があり、それが感じる視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚が世界を形作る。それはとても美しく、時に醜く、その迸りが音楽になっているのではないかと感じている。そして最終的には肉体を捨てて世界とひとつになりたいんじゃないかと。
これは完全なる妄想ですが、彼は多くの人より鋭敏な感覚器を持っていて、それはメガネを外した時とかけた時の差のように世界の見え方が僕らとは全然違ったものになっているのでは、もしかしたらその過剰さに打ちのめされることもあり、しかしそれとは逆に多くの祝福を得ているのではという考えが浮かぶ。
彼の見える世界は俺達にとっては理解が及ばず、結果として混沌のように見えてしまうけれど、それを秩序=音楽によって整えることでその片鱗を体感させてくれているのではと思わせる、そんな世界観を持った作品だった。
さあ皆さん聴きましょう。そして世界と自己の真理に触れましょう。
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