黒髪の彼女
夜でもはっきりと分かる程真っ白な肌に口のラインで切り揃えられた黒髪が良く映える。
彼女はいつも煙草を吸っていた。伏せた長い睫毛が生温い風に揺れた。
微かに甘い煙をゆっくりと吐き出す。その一連の動作に、私は息を忘れてしまった。美しさと同時に、羨ましさのようなものを覚えた。
彼女の香水と煙草とが混ざり合う。あの匂いが私は好きだった。
「人生へのため息をこうして誤魔化すの。全部夜が吸い取ってくれるでしょう?」
少し掠れた独特な低い声が耳をくすぐった。笑う事の少ない彼女が少し微笑んだように見えた。
どこか不思議で言葉の少なかった彼女を思い出す。今思うと、彼女は寂しかったのかもしれない。そしてどんなに暑い夏でも肌を見せる事は決してなかった。もしかして、彼女は。
それしか私には分からなかった。どうしてあげれば良かったのかも、分からなかった。
私は彼女に、なりたかった。
煙草に火を付けて静かに吸い込んだ。ひどく咳き込む。慣れない事をしたせいか。ふっと笑った。
煙が高く登って溶けてゆく。
あの時と同じ細い月が、空に浮かんでいた。