私たちの「夜明けのすべて」
彼が繋いでいた手を離した
「大丈夫?」
そう聞いても
「ん、大丈夫」
とだけ小声でこぼして黙ってしまう
私は慌ててお手洗いのマークを探す
「あ!あそこだよ」
と指さすと、何も言わずにそちらの方へスタスタと歩いていく彼
こういう場面が一日のデート中に何度も起こる
私の恋人は2年前にパニック障害と診断された
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今話題の映画の原作である、瀬尾まいこさんの「夜明けのすべて」を読んだのは、そんな彼とお付き合いを初めて2ヶ月ほどたった頃のことだ。
当時から「パニック障害」という病気の名前は知っていたし、実際に病気を患ったことのある知り合いもいたけれど、症状や原因、治療法など詳しく調べたことはなかった。
彼がパニック障害だと診断され、1年前に休職していたと打ち明けてくれたときには、もう電車には乗れるし、食事も普通にできるし、たまに薬を服用する以外はほとんど健常者と同じくらいの生活ができるまで回復していた。
私と付き合ってから症状が安定しているんだとはにかみながら伝えてくれたときには、涙が出るほど嬉しかった。
それでも、彼がどんな苦しみを辿ったのか知りたくて、「夜明けのすべて」を手に取った。
この本は五体満足で生きている私でも、仕事でくじけそうな時、何とかやり過ごすような一日を過ごす時、こんな日々が毎日続くのかと絶望しそうになった時のお守りになった。
彼のことを知ろうと思って読んだ本だったが、私の方が勇気をもらえた。
先日、彼とふたりで小旅行に出かけた。
最近、彼の仕事は付き合い始めた頃より格段に忙しくなった。
私も職場が遠くなったり、立場が変わったりして、2人で会うのは10日に1度くらいになっていた。
それでも2人で過ごす時間はいつも楽しくて穏やかで、私がべらべら話題をぶっ飛ばしながら喋っても、ちゃんと相槌を返してくれる彼と過ごす時間が大切なことに変わり無かった。
お昼ご飯何食べようか〜?と話していた時
「俺、軽くつまめればいいや」
と彼。
「調子悪い?」
彼はもともと少食で、お腹が弱いのでいつもの様にちょっと調子を崩しているのかと思っていた。
「いや、最近外食がダメなんだよね」
後ほどわかったことなのだが、「会食恐怖症」と呼ばれる病気があるらしい。
これも精神疾患のひとつで、彼の症状はもろにそれだった。
帰りの特急で食べた駅弁は吐き気を催さずに食べられていて、プライベート空間での食事は問題ない。
この前に2人で会った時は美味しそうにお寿司を食べていたのに、、と私は信じられない気持ちだった。
ご飯を食べることが怖いという気持ちになったことがない私には彼の気持ちに共感することは難しいし、彼が発作のような症状を起こす度に私から離れていく手が、暗に私にできることはないと示しているようで、とても悲しかった。
またご飯を食べることが大好きな私は、自分の好きなことを共有できないことに寂しさを感じ、こんなときですら彼の苦しみに共感する前に、自分の寂しさの方が優先されてしまう自分の心に腹が立った。なんて薄情なんだ…。
このどうしようも無い気持ちをどうしようかと思っていた時に、ちょうど映画を観に行ける時間が出来た。
何かのきっかけになればと支度もそこそこに家を出る。
映画版「夜明けのすべて」は原作と同じくらい私の中で大切にしたい作品になった。
ただ今回は原作を読んだ時と別のところで心がキュッと鳴る音がした。
パニック障害の山添くんの彼女が精神科の先生に
「どのくらいで治るんですか?美容院にも行けず、辛そうなんです」
と詰め寄るところ。
また「ロンドンに行くことになったの」と神妙な面持ちで山添に伝えるところ。
彼女の気持ちが痛いほどわかってしまって辛かった。
彼の症状が辛そうだから早く治ってほしい。
また一緒に「普通の生活」がしたい。
でも「早く治してね」なんて本人にはとても言えない。
ただ病気を受け入れられればいいのに、自分には感じ得ない感覚に戸惑ってしまう。
ずっと彼を支えてあげたいのに、自分の人生も大切で、きっとこの先何度も心を痛めることもわかっていながらロンドンに行く選択をした彼女のことを、責められず、でも賞賛もできず、宙ぶらりんな感情になった。
ただひとつ、彼女がどんな選択をしたとしても、それが間違えなんてことはないということだけはハッキリわかった。
実際にその後、山添くんは仕事に前向きに向き合えるようになっている(それはもう1人の主人公の藤沢さんのおかげでもあるけれど)。
だから、私は私がその時やりたいと思うことをやればいいんだよね、きっと。
今はまだパニック障害の彼が抱える苦しさ、気持ち、わからないことが多くて、自分の言葉が無意識に彼を傷つけていないか心配になったり、どう接すればいいのか不安になったりする。
だからもっと彼のことを知りたい。
もっと知りたいをずっとずっと繰り返すことで、一緒にいれたらそれがいい。
この映画を観てそう思い直すことができた。
映画の中でとても心に残ったフレーズがある。
「夜明け前が1番暗い」
どんなに時間がかかっても、私たちの感情に関わらず必ず朝は来るから、一緒に泣いたり笑ったりしながら静かに夜を過ごしていこうね。
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