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第七十九話「ワインを買いに、kawasemiへ」2025年1月23日木曜日 晴れ

 冬晴れが続いている。春のような日差しと暖かさ。マフラーが汗で湿ってくる。
 私は、相棒の店への出勤前であった。同じ街に『wine shop bistro kawasemi』はある。
ゆかさんのワインバー『LOOP』でのワイン会(※第七十七話参照)が迫っていた。そのワインの買い出しである。
 ワイン会のテーマはおでん。へっぽこのソムリエである私でも、そのペアリングの難しさはわかる。ワイン会はテーマに対して優劣をつける様なものではない。和気藹々と食事とワインと出会いとおしゃべりを楽しむものだ。それでも見当はずれのワインを持ち込みたくはない。この店『kawasemi』のソムリエさんに相談して購入しようと思った。
 『kawasemi』のシェフは、私が店長をしていたワインバルの常連さんであった。相棒の店の街に、そのシェフが店を出すというのも奇縁である。
 一度だけだが、N美さんとこの『kawasemi』に来た。料理はすごぶる美味しかった。美しい盛り付けは目を楽しませ、舌は楽園を周遊した。
 何よりも目を瞠ったのは、若きソムリエさんが提案するペアリングとサービスだった。ペアリングはどれも間違いない、素晴らしいものだった。それ以上に驚いたのは満席の店内全てのサービスを彼一人で担っていたことだ。サービスに不満や違和感も抱いている客はいない。ごく自然に料理とワインを楽しんでいる。全てのテーブルにそれを実現するのは、実は至難の技なのだ。それでいて、彼は涼しい顔をしていた。
 『kawasemi』はワインショップも併設している。もちろん、接客と提案はソムリエの彼だ。
彼に相談すれば、ワイン会へ持ち込みは成功を約束されると、私が考えるのも無理はないだろう。
 私も飲食人の端くれだ。店やスタッフの負担にならない時間帯を予め確認して訪店した。その時に、買い物の主旨も伝えてある。
 約束の時刻通りに着いた。ドアを開けると、オープンキッチンでは仕込みの真っ最中だった。ソムリエの彼はさわやかな笑顔で迎えてくれた。
 早速、ウォークインセラーに入る。彼はおでんの詳細な情報を尋ねてくる。
「おでんということだそうですが、味はどのようなものになりますか?」
私ももちろん気になっていた。ゆかさんに確認してある。ゆかさん曰くーー
「私のおでんはコンビニおでんだよー」
とのことだった。もちろん彼女のお手製なのだが、多くの人が想像する、超スタンダードな味と具材とのことだった。
「昆布や鰹節などの出汁、醤油ベースのおでんつゆということですね」
「ええ、そうですね」
 ソムリエさんの脳内データベースからいくつかの候補が消えるのがわかる。
「洋風おでんであれば、選択肢は大きく広がるのですが。そして、おでんは多くの具材があります。ある具材には合うが、この具材には合わないということも起こります」
「確かに。全体的な出汁やつゆに合わせるだけではそうなりそうですね」
「となると、こちらです」
と一本のワインを指さした。
 オーストリアのグリューナー・ヴェルトラーナーだった。
 彼は知らないはずなのだが、私の好きな品種だ。そしてさらに驚いたのが、先日ゆかさんの『LOOP』で飲んだワインの産地も品種でもある。(※同じく第七十七話参照)
 先日飲んだのは、キリリとした酸と草木を感じさせるフレーバーのものだった。
 彼は続ける。
「多くの具材に合わせるより、それらの風味を邪魔しないというのが良さそうです。こちらですと、練り物にもこんにゃくにもお肉系にも、ぶつかることなく穏やかに合わせられます。酸もそれほど強くないので、和風出汁、醤油の塩味とも穏やかに合います」
 なるほど。それはいい。勉強になる。価格も手頃だ。私の好きな品種でもあり、『LOOP』でゆかさんに勧められた品種でもある。ここにも奇縁を感じる。これに決めよう。
 いい買い物をした。
 私は、ソムリエさんとシェフ、スーシェフに挨拶して、店を辞した。
 ちょうど受験シーズン。今回の私のやりようは言うなれば、替え玉受験やカンニングに当たるのだろう。
 ゆかさんにバレたら、「ソムリエ資格剥奪するよ!」と怒られるかもしれない。
 しかし、50を過ぎた、へっぽこソムリエの私が今から修行なんてできない。こうやって諸先輩方から知識を吸収するしかないのだ。
 ワイン会もそういう場にしたいと思う。
 ワイン会が楽しみだ。

wineshop_bistro_kawasemi
カワセミさんInstagramへのリンク貼っています。
素晴らしい料理とお酒とスタッフさんたちです!
近い将来、⭐️をとるお店でしょう!

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