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心失すとき(5)


母の葬儀の準備は着々と進み

みな、非現実的な物事を進めるように
その状況をいまだ理解できていなかった


振り向けば母は横になって寝ている

もう冷たくなって、硬くなって
それでも寝顔は生きていた時と変わらない

いや

少しずつ変化していたんだろう

後頭部に皮膚は下がり
シワはなくなり
血液が流れないため顔色は白く

その事実を認めたくなくて

『変わらないね』

そう言葉にしていた




葬儀の日を迎え

私は自分の意識がどこか遠くにあるように感じていた


これは一体なんなのだろう

私は今、何をしているのだろう


あぁ、そうか

私の役割は

力ない喪主の父に代わりに長女として
しっかりと振舞わなければならないのか
父の支えになって
妹のよりかかれる存在として
子供たちの頼れる大人として

そうだ

しっかりしなくては


その思いだけで立てていたように思う



納棺のとき

髪の毛を染めさせてもらえるということで
一緒に手伝わせてくれるというプランを選んだ

妹と2人でその部屋へ入る

いつものように毛染めの薬をつくり
髪の毛に触れる

あぁ、髪の毛はなんら変わりはない

ただ頭皮は硬く、氷のように冷たい


『ばば...』

染め始める私の行動を眺めながら
妹のすすり泣く声が背中越しに聞こえる

『ばば、やっと染められるね』

『きれいにしようね』

『今日で最後...』

私は震える手で丁寧に生え際に薬をのせる
染められる範囲すべてを染めた


髪の毛をセットさせてもらい
普段通りの髪型にした

お化粧も普段使っているもので仕上げさせてもらった


その姿を
参列した人たちからも

『変わらないね』

そう言ってもらえた




私が母にできる最後のこと

きちんと全部できただろうか


母に認めてもらいたくて

母に褒めてもらいたくて

母に喜んでもらいたくて


たくさんのことをしてきた


今日が最期

もう、母のためにしてあげられることはない


どんなに否定されようと

どんなに拒絶されようと

母からの愛を求めて

母に必要とされることを求めて

母に受け入れてもらえることを求めて

母を求めて...


でも、もう求めることは出来ない




もう、本当に叶わない


求めるべきあなたはもういない




ばば...

私はあなたにとって、いい娘だったでしょうか?

私はあなたに愛されていたのでしょうか?

私は...


あなたがいなくなって一年

今やっと

現実に戻ってきたように思えます


頑張ることが苦しくなるほどの現実に



ねぇ、ばば

私、ずっと頑張ってきたんだよ?

私、ずっと我慢してきたんだよ?

ただ...ただ...

抱きしめてほしかったんだよ?

ねぇ、ばば




私はこれから

どう生きていけばいいのでしょう


いまだ求めてしまうこの想いを

どう消化していけばいいのでしょう


答えはまだ見つからない




*過去に書いたものになります

最後まで読んでいただきありがとうございました

はじめから↓


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