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3月記 揺蕩う春霞の中で
春はきらい。
花粉症と黄砂と、温度差による自律神経の乱れ。
それに節目と一緒に関係を整理されてしまうんじゃないかってびびってしまう。
今まであった当然は当然じゃないことを思い知る。変化は決していつだって敵ではないけれど、一抹の寂しさは何年経っても慣れないものだ。
ただ、その節目の向こう側に一緒に連れて行ってもらえないなら、その人のその後の人生がせめて、春のような彩りと芽吹きに溢れた暖かい風の吹く人生でありますようにと最後に願える自分でいたい。
そんなこと言ったって、春でなくても人生は節目だらけなわけですけども。
そんなわけでわたしも現状を整理すべく、いろいろ動き出しました。
小さなことから言うと、髪をとても短くした。
男の子みたいにしてください!ってオーダーしたので、大半の男性と同じくらいの長さになった。
わたしの髪は癖っ毛で太くて多くて扱いづらさを極めている。そんな髪を人に会うこともない生活の中で長く残していたのは、まだ女性として見てもらうための要素を残さなければいけないと感じていたから。
離婚して1年保ち続けた長さをふと、そんなもの手放していいのではないかと思えた。
何もなさすぎて誰のためのものなのかが、わからなくなったというのも大きい。
短くなった髪は軽く、扱いやすい。
美容師さんも何を言ったわけではないのに断髪式のように切ってくれた。
自分の中に残していた煩わしい気持ちを整理できてすっきりした。
高校の頃、頻繁に突然前髪を切り落としていた。
当時、親のように可愛がってくれた顧問の先生が短くなりすぎた前髪を小突きながら「ストレスが溜まると前髪を切るんじゃない!」と文句を垂れていたことを思い出す。
いつもわたしを見守ってくれてるからこそ出る文句がこしょばゆかったのを覚えてる。
髪を切ることでいまだにすっきりしていて、あの頃と変わってないんだろうなぁなんて、懐かしい思い出とこしょばゆさに思いを馳せたりした。
大きな出来事でもいろいろあって、ここにはちょっと書けないようなこともあるのだけれど、今年の目標である上京に対してついに動き出した。
それはもう突然。思いつきと言ってもいいのだけれど、朝天気が良くて日向ぼっこをしながら体を眠気から起こしている時に「もう動いちゃうか」というスタートピストルが鳴った。
私の行動を起こすことへのきっかけはいつもそう。
これから自分がすべきこと、したいことを動かずにうだうだ考え、ある日突然周りがびっくりする速度で動き出す。
1週間もたたず、だいたい住みたい家が決まり、4月頭にオンラインで内見をし、よかったらそのまんま契約という予定。
スケジュール感も決まっており、実家を出てから6回目の引っ越しになるのでやるべきこともだいたい把握している。
今の状況を変えてやるという決意だけは固い。あとは乗り越えるだけの体力と技量があるかってとこだけ。
疲労は相変わらず蓄積している。生きる目的も相変わらずない。それでも、そんな今が変わりますようにと願って、行けるとこまで行ってみよう。
春は嫌いだけど、暖かくなった気温は活力をくれる。
数ヶ月後、今と違う風景を見ているわたしがいますように。