初心者にこそ薦めたい絵画の"読み方" |イコノロジー図解
都内の美術館や博物館がようやく再開してきましたね。明日、再開後初めての週末を迎える美術館も。ここでは、美術を楽しむときにちょっと使える考え方を、超シンプルにまとめてみました。
・美術作品に対して「上手い」「綺麗」しか言えない
・キャプションがない作品は興味が湧かない
・どうして解説のような主題解釈ができるのか知りたい
・美術史って何から勉強したらいいか分からない
作品を鑑賞するときのこんなモヤモヤ、美術館に行き慣れない方なら感じたことがあるのではないでしょうか。でも、なにを調べればいいかが分かるだけで、作品の「主題」が予想できるようになります。
美術館やアートに興味が出てきたばかりの人にも、イコノロジーの考え方を改めて整理したい人にも読んでもらえたらと思います。
※のちのち記事にしようかと思いますが、すべての作品に使える考え方ではありません。
※詳しい方、解釈が間違っていれば優しく教えてください🥺
今回”読む”作品
《最後の晩餐》や《モナ・リザ》で有名な、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)の絵画。彼のデビュー作です。
この絵画はタイトルがそのまま主題になっているので、最後にご紹介します(画像の引用元も最後に添付します)。
でも、ある程度絵画を見たことがある方は、この作品こそ知らなくともタイトルが予想できますよね。
ではなぜ、タイトルが予想できるのでしょうか。
美術作品とは?
芸術の中でも美術とは、視覚的な要素のみで構成された「見る」ものです。近年は音を使った「聞く」作品、素材や動きをを楽しめる「触る」作品もありますが、これらは「見る」に付随するもので、今回は考慮しません。
美術作品は2つの要素でできています。
美術作品に限らず、すべての視覚的要素は線と色の組み合わせでできています。
立体でも平面でも、要素が変わることはありません。もちろん絵が変形してできた文字だって、線と色の集合です。
作品を構成する「モティーフ」
線と色でできた視覚要素を、わたしたちは「形」として認識しますよね。この「形」の認識には、二つの段階があります。
線+色=対象
曲線+赤=りんご
実際はもっと複雑ですが、わたしたちは線と色の組み合わせを見たときに、瞬時にそのモノの名前を連想できます。名前を知らなくても、見たことがあればそのモノについて説明くらいはできるでしょう。
(蛇足ですが、そもそもなぜ人は形をモノとして認識できるの?と疑問を感じた哲学思考をお持ちの方には、カントの『純粋理性批判』をおススメします!哲学書の中でも特に難解ですが、リアリスム絵画の勉強にも役立ちますよ)
これを先ほどの絵画に当てはめてみます。
赤と青の服を身に着けた女性
翼の生えた男性
など、いろいろなモノが目に入りますね。このモノを対象物と呼びます。
○
対象物ひとつひとつが把握できると、これら対象物の状態を説明できるようになります。
対象+対象=出来事
手+手=握手
手と手を握る、つまり「握手」です。「手と手を握る」と説明しても同じこと。英語で「shake hands」と言いますが、もしこの言葉を知らなかったら別の知っている言葉で説明すれば伝わるのと一緒です。
ダ・ヴィンチの絵画ではどうか。
男性と女性が向かい合っている
翼の生えた男性が膝まずいている
このように、ただ対象物が羅列されているのではなく、対象物同士の関係性や仕草など、出来事も読み取ることができます。
○
この対象物と出来事を、美術ではまとめて「モティーフ」と呼びます。
無知のまま鑑賞することの限界
わたしたちは客観的にモティーフ捉え、主観的に「こんな感じ」という印象を持ちます。これも美術作品の重要な部分です。
美味しそうなりんご
和やかに握手をしている
もちろん作者は、美味しそうに見えるように、和やかに見えるように描いている場合もあれば、意図せずそのように思わせてしまっていることもあります。鑑賞者の主観によって変わる可能性のある部分ということです。
これらはモティーフの感想。美術作品に対して「上手い」「綺麗」しか言えない、という場合は、この段階で終わってしまってます。
モティーフの主題
ここからは、見たままではなく、さまざまな知識が必要になってきます。では美術史をすべて暗記しなけらばならないのかと言ったらそうではありません。
キリスト教徒や聖書を読んだ人がりんごの絵を見たら「知恵の実」だな、と思うし、挨拶するときに握手をする国の人が握手を見たら挨拶だな、と思うわけです。これは、モティーフひとつひとつが持つ意味。
このように、地域や時代や思想が作者と同じなら主観で判断することができます。でも、現代アートならまだしも、美術を鑑賞するときに作者と全く同じ境遇だということはありません。
モティーフの意味を知るためには、作者が暮らした場所や、生きていた時代や、思想などを知る必要があるのです。
青と赤の服を身に着けた女性:処女マリア
翼の生えた男性:大天使ガブリエル
この絵画の場合、作者はイタリア出身のレオナルド・ダ・ヴィンチ、描かれた年は1472年から1475年ごろと推測されています。美術館で鑑賞するなら、特別な企画展じゃない限りキャプションがあるのですぐにわかります。後に詳しく説明しますが、当時のイタリアでは装飾的な宗教画の時代が始まりつつありました。
この地域と時代を踏まえてみると、「赤と青の服=マリア」というのは、さらに前の段階として「赤=救済」「青=純潔」という意味が含まれているから。当時はこの色でマリアを示唆するのが普通だったようです。
次にガブリエルについて。どうやら天使には階級があって、翼がついているのは「大天使」の証なんだそう。宗教画の世界ではイケメン担当。翼の生えた美青年はほぼ間違いなくガブリエルという感覚です。ちなみに聖書では、ミカエル、ラファエルと並んで三大天使と呼ばれ、中でも「神のことばを伝える」天使とされています。
モティーフの集まりの主題
ここまでで、「処女マリアと大天使ガブリエルが向かい合っている」というモティーフそのものの主題が見えてきました。美術作品はこのようなモティーフが集まってできたものですよね。
これらモティーフを組み合わせることで、今度は主題を読み取ることができます。
モティーフ+モティーフ=主題
りんご+ナイフ=アップルパイ
この例は飛躍しすぎかもしれませんが、わたしたちは料理の工程を見てなにを作るのか予想できますよね。料理の材料や道具に不要なものは一切ありません。
美術作品の描かれるモティーフの中にも、いらないものはなにひとつないのです。
処女マリア+大天使ガブリエル=「受胎告知」
聖書の中で、ガブリエルが膝まづいてマリアに「キリストが生まれると神が仰ってますよ」(たぶんこんな感じ)と伝える場面があります。これが「受胎告知」。
ここまで知っていれば、作品のタイトルや解説を見なくても「ガブリエルがマリアになんか言ってるし受胎告知の絵だな」とわかるわけです。もちろん、この作品のタイトルは《受胎告知》でした。
さらに”深読み”することで真の主題が見える
ただの受胎告知で終わってしまうはずはありません。ダ・ヴィンチだからこそ描ける、ダ・ヴィンチの《受胎告知》の主題について考えてみます。
モティーフ+作者+時代背景+etc.=主題
深い意味での主題は、モティーフを超えたさまざまな要素の組み合わせでできています。etc.とありますが、《受胎告知》ではキリスト教。他に神話なども知っていて損のない分野です。
○
美術作品に限らず、世紀ごとに流行が変わることはご存知でしょう。特にヨーロッパは近世に世界で最も発展していたので、文化が栄えていたし、その記録がきちんと残っています。
超シンプルにまとめられたサイトがありましたので、ぜひ参考にしてください。
ということで、1400年代は15世紀、ルネサンスの時代だということが分かります。油絵はそもそも偶像崇拝のための宗教画がはじまりと考えられているのですが、宗教画にとってのルネサンス時代は「神中心から人中心へ」、つまり崇拝対象ではなく、見て楽しむための装飾的なものに変わっていった頃です。そして、当時のイタリアでも装飾的な宗教画が人気になっていきます。
また、ルネサンス美術のもう一つのポイントは遠近法です。それまでの平面的な、今でいうイラストのような絵画から、よりリアルを求めた技術が使われ始めたのです。
ダ・ヴィンチより前の時代の《受胎告知》を見てみると、アカデミックで平面的なものが多いのに対し、ダ・ヴィンチの《受胎告知》は遠近法が用いられています。
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ちなみにダ・ヴィンチはキリスト教徒ではなかったらしいです。ではなぜ彼がなぜ宗教画を描いたのか。
当時の画家は自由気ままに絵を描き呆けていたのではなく、宮殿の内装などを作る職人として絵画を描いていたんです。キリスト教徒でなくても、宗教画を描くことはあるわけですね。
初心者に薦めたい絵画の"読み方"
ここまで聖書やらルネサンスやら羅列してきましたが、聖書や作者や時代のことを最初から知っている必要は全くありません。その都度調べればいいんです。
なにを調べればいいかは、ここまで読んでいただけたのなら、わかっているはず。
知ると美術は楽しいよ〜!
イコノロジーに興味を持ったら
ここまでの絵画の”読み方”で参考にしてきたのは、エルヴィン・パノフスキーの「イコノロジー研究」という本です。簡単な本ではありませんし、すべての美術作品に対応できる考え方ではありませんが、絵画を理解するきっかけになるはずです。
レオナルド・ダ・ヴィンチ《受胎告知》1473-1475
油彩(ウフィツィ美術館所蔵)
《受胎告知》の画像の出展はこちら。