【歌謡ノベルズ】 長崎は今日も雨だった

あぁ、まだ降っている。
目が覚めるやいなや、湿気にしっとりと湿った黒く長いカラスの濡れ羽のような艶のあるあなたの髪。もてあそぶでもなく小指に軽く絡めながら、うつらうつらする瞼の裏でゆうべ愛した白い曲線をもう一度上から下へと手で軽くなぶり下ろす。ほっそりしているはずなのに、思い切って脱がせてみると予想に反した弾力が、この大きな手の中で踊るように、こっちの気持ちまでもあっぷあっぷさせてくれる。熟し過ぎてゆらゆらと揺れながら落ちてくるさくらんぼを、不意に口に頬張る。俺は魔法にかけられたのか。
あなたひとりにかけた恋。
どこからともなくピンと来た鯉。
昨夜言われた愛の言葉を、カラダの中でかき回すように信じたの。

そんな頃になると、ゆっくりと左右に動かしてくるあなたのS字にくびれた腰。やっとお目覚めか。
探し、探し求めて、その動きに沿って、沿いながら舌を這わせていくと、そのうちX形に見える小さな臍を波打つ様に突き出して、自然に誘導されるY字の甘い香り。
ひとり、ひとり彷徨えば、思い切り顔を埋めて、埋めながらも両手いっぱい鷲掴みにする真桑瓜。少し前からそのままの、粗い無精髭でかぶりつくように頬張ると、じわりと滴る甘い汁。
だんだん感極まってイクあなた。イけど、イけど切ない声上げて、濡れるあなたとこの街の石畳。大きな羽二重餅のような、口に入れるととろけてしまいそうな、あの白い淡雪のような太腿をまさぐりながら、まだ耳をなぶる雨の音。

そんな一夜が忘れられずに、あなたひとりに賭けたコイウタ。
ふたりここまで飛んできた。
人気はないけどボンボヤージ。
今ごろ駆ける北九州。
やっぱりここはヨカヨカか。
喘ぎ声がたまらない、だってあなたはアネゴハダ。
直線通って抜け出しクビ差。
なんて鮮やか変り身か。
俺は快勝、三連単。

あぁ、長崎は今日も雨だった。

赤玉ポートワインを呑みながら、これは祖母の好きなお酒だったと妙にしんみりしてみる夜の丸山。辛口好きのあなたには、たくさん呑めない、とつっかえされたちょっぴり甘みの強い、懐かしい味。
出島にできた日本三大花街の一つ、ここ丸山を訪ねても、もう今はそんな様子見る影もなくひゅっと冷たい風が身にしみるような。
かつてプッチーニが書いたオペラ『蝶々夫人』も実はこの辺が舞台だったよねぇ。有名なアリアのお陰で有名だけど、ニッポン人としちゃあ、あのオペラは頂けない。
アメリカの海軍兵が駐在現地妻を娶って子供も生まれたが、お国へ帰ってハイ、それまでョ。挙げ句の果てにはお国から嫁様を連れ舞い戻り、生まれた赤ん坊を育ててやろうと連れて行くってんだから泣けてくる。
愛し、愛しのひとは、なんだか遠くへ行っちまって、気持ちがそんなじゃあいったいどこに、どこにいるのか。
やりきれないよねぇ。そんな手の平返されたような仕打ち。
これはちょっぴり甘いポルトガルのポルト酒をお手本に作った赤玉ポートワインと、アメリカ海軍に置いていかれたっていうウマいカレーパン食べれば、『今週のパン』みたいな世界規模の壮大なダジャレで、立ち直れそうな気もするけれど。
そう言や、パンもポルトガル語から来てるんだった。
元は遊女と言ったって、これでも落ちぶれたサムライの娘。教えて欲しい、オンナの定めと街の灯よ。ぽってり重なる赤玉呑んで、頬赤らめて、こりゃあハラキリするしかないね。

あぁ、長崎は今日も雨だった。

海の見えるベランダからはブランコで遊ぶ少年と、シャボン玉飛ばす少女も見える。
頬にこぼれる涙の雨に、つま先上げて愛し合う。まったりお昼寝したあとに、小腹が空いて噛じるカステラ。ざらめのお砂糖、コンペイトウ、初めて食べたの織田の武将。命も賭けてた尾張名古屋のカステーラ(城)。恋も捨てたのにぼーっとボーロも転がしてみたり。
ビードロ風鈴ちりんと鳴って、そろそろジョーロで植木に水を。こんな夕暮れ、通るチャルメラ。
心がねぇ、心が乱れて荒くれて。
もっと激しく愛して抱いて。
だけど今夜はあなたとテンプラ。
テンプラし、次の日に食う天丼や。
明日もふたり食うテンプラよ。
街の明かりがきらきら光り、あなたの瞳もきらきらと。コップに注ぎましょ、金のお酒を。
呑んで、呑んで酔いしれる。果てはジパングまで行く航海よ。南蛮船に積む黄金や。ポント町でも寄らせておくれ。
日が落ち薄暗くなり始め、辺りがむらさきになる頃に、あなたがふかすタバコの香り。
やっぱりそろそろ私を抱いて。胸のボタンははずしておくわ。あなたの分厚い胸のボタンを、ゆっくりはずして撫でた肌。そんなあの日がただ恋しくて。
今ではすっかり日本語だけど、カタカナ表記で書いてみたのは南蛮ポルトガル語源。元を正せばこれが始まり。
あなたはいくつ知ってたでしょう。

また降ってきた。
どうぞカッパは忘れないでね。
あぁ、長崎は今日も雨だった。