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生きていくのに大切なこと

私は幼少期から、人間とは何か、なんのために生きるのか、という疑問があった。戦争しかり、暴力や欺瞞、これらが人々の生活を幸せに豊かにするものでは無いことは明らかであるにも関わらず、人間が人間を敬うことなく残虐な歴史が繰り返されている。私は両親を通して生まれてきたが、そこに「自分」の意思があったのかも分からない。気づけば、人間として、日本人として、私は他の人々と似た一定の生活を送るようになっていた。私の人生には様々な苦難があり、それらを通して私自身に湧き起こる感情と、私と相対する人間の心に潜む光と影を知った。

人間が行動に至るプロセスには、何層もの段階があるが、それは瞬時に処理される。外界のものを知覚し、判断・決断するという情報処理過程のなかにも、思考や感情が伴う。そしてそれは顕在意識と潜在意識があるように、しばしば無自覚のまま判断、実行される。

自分の心の影にアクセスしないように人は振る舞うが、なぜその言動をするのか、自他共に振り返ることが肝要だ。

そして、「自分と他人」という分離した世界で物事を見る時、自分には非が無く相手が悪いというように感じることも多々あるだろう。

しかし、自分とは何か、脳を通して分離させたバーチャルな存在だと理解した時、相手のなかに自分を見ることが出来る。相手の心の弱さ、痛み、欲望を理解したいと願うようになる。

肉体ありきで我が絶対という視点で生きるのではなく、あなたは私、私はあなた、その視点で日々生きている人と繋がりたい。

お金や権力など人間が作り出したものによって、人間が生きる道を誤るのはおかしな話だ。

どんな人間のなかにも、幸せになりたいという希望があり、どれだけ不愉快、残酷、愚かに感じる人間であっても、生きているということは命が与えられ愛されている。

善か悪か、それは人間の思考であり、要は命の使い道の問題である。

我々は「人間」という高度なスペックを与えてもらっている。そしてこの人間システムは、自分がこの世界に放ったエネルギーのなかで自分が生きる仕組みになっている。

やられたらやり返す、それは、相手と同レベルになるということ。世界に負のエネルギーを増産させるということ。

自分はどの世界で生きたいのか、「自分は どう在りたいのか」指針はいつもそこにある。

自分に与えられたものに感謝し心を平和にしよう。

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