「雨女」は幻想だった〜悲劇のヒロインからの卒業
私に着付けを教えてくださっていて、いつも素敵な写真を撮ってくださる 高田聖子先生は、正真正銘の〈晴れ女〉さん。
天気予報が大雨でも、撮影するときには雨が上がるのです。
こちらの写真は3年前。
前々日から大雨が続いていたのが、嘘のように晴れました。
この日、思い出したんですよね、私。
何年か前まで、自分のことを〈雨女〉だと思っていたことを。
本当に雨女だったの?
何を根拠に?と記憶をたどってみると……
・東京研修の前夜、雨で飛行機が欠航
→必死で新幹線に飛び乗った
・鹿児島から屋久島を目指すも、飛行機も高速船も欠航に
→楽しみにしていた民宿で連泊できなくなった
・11月なのに沖縄に台風がきた
→海に入れなかった
・子どもの入学式に雨が降った
→「こんな大切な日に……」と恨めしかった
でも、こうして書き出してみると私の 〈雨女歴〉なんて、たいしたことはないんですよね。
しかも、入学式・卒業式・成人式・結婚式など、自分のセレモニーの日は、雨は降っていないんです。
それなのに、どうして自分のことを〈雨女〉だと思っていたのかしら?
悲劇のヒロインきどりでした
「雨女が "悲劇のヒロイン" だなんて、笑」
今なら笑えますけれど……
かつての私は、「私は雨女」と思うことに、メリットがあったんですね。
「雨女=かわいそうな私」
というセルフ・イメージから、
「私はこんなにがんばってるのに、報われない」
なんて、悲劇のヒロインをきどりたかった訳です (^^;;
わざわざ「ない」ことに、意識をフォーカスする必要なんてないのに。
実際は、たくさんのものが「すでにある」のに、見ようとしていなかったんですね。
「ある」と思えば「ある」ものが見える
そんな私が、学びを通じて、マイナス面にフォーカスしやすいという認知の偏りに気づきます。
「私は雨女だ」なんて、幻想だった!
そして、ジャッジなしに、「ある(プラス)」と「ない(マイナス)」の両面に目を向けられるようになりました。
そのおかげだと思うんです。
「あんなに降っていたのに、晴れた!」
という奇跡のような出来事までが起きるのは。
そういえば、2年前にも大雨予報の日に撮影がありました。
しっとりした写真が仕上がったのも、直前まで雨が降っていたおかげさま。
悲劇のヒロインを卒業した私は、〈雨女〉から生まれ変わり、〈晴れ女〉になれました。
セルフ・イメージを書き換えると、世界が変わります!
「私が私である」ことの確信へ導く魔法使い
御影石 千夏
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