人生辞めちゃいたい、ね。


こんばんは、ペン子です。
深夜に載せたつぶやきを見てくれると喜びます。

3月に入って、私の住む町は温かい春の風が吹いていました。
自分は何もしてなくても、時間が進んでいることを痛感します。
毎年この時期になると隣に住む方が育てている薔薇と桃の花を頂きます。この2つの花を見ると春が来たなあと、思います。

今日は、自分の気持ちを少し整理したいと思い、noteを書こうと思います。
今の気持ちを殴るように書いています。言葉も選べていませんし文も乱雑です。暗い話になってしまいますが、ご了承ください。

今年の頭に祖父が他界し、先日四十九日を行いました。
祖父と最後に会ったのは、息を引き取った日の丁度1年前の成人式の日でした。
昨年は某ウイルスもあり祖父に会いに行くことが出来ず、週に1回祖父の元へ行く母から話を聞くことしかできませんでした。
祖父は、生前大きな怪我もしていろんな病気にかかり、後遺症で認知症も患っていましたが、まだまだ長生きするくらい本当に元気でした。
息を引き取った4日前に祖父自身も「俺はあと10年は生きるんだ」と、言っていたのを聞いていたからこそ、何の前触れもなくあまりにも突然のことで正直、今もまだ祖父の家に行けば祖父に会えるんじゃないのかと思ってしまう自分がいます。

命は綺麗で美しくて尊いものだから大切にしなければいけないと思っていましたが、祖父の死を境に命があまりにも儚くてあっけないことに気づいて、死にたいと思うことが増えました。
祖父が息を引き取った日から2週間ほどは毎日のように死にたいと思っていたし、夜になるたびに窓から飛び降りたくなる衝動にかられていました。
昔から死にたい願望はありましたが、家族から愛されている自覚はあったので家族が泣く姿を想像すると、自殺行為を実行することは出来ません。
今もそうです。だからこそ余計につらいです。

そして、今日もそんな日です。
バイト先でちょっと嫌なことがあって、それからずっと死にたい気持ちが拭えないです。甘えかもしれないけど、本当に死にたくなった。
バイトの帰り、一直線の道を車で走りながらこのままアクセル踏み続けて前にある建物にぶつかれば死ねるなあなんて考えていました。
家に帰ると、パパもママもお姉ちゃんもいて、私には帰るあったかい家があって幸せなはずなのに辛くなった。

みんなと同じように普通に生きたいのに、それが出来ないことがしんどいです。
そもそもみんなと同じようにって何?って感じですけど、生きるのが当たり前という気持ちになれない。みんな毎日何を考えて生きているのか不思議で仕方ないけど、きっと何か生きる理由をもって毎日を過ごしていると思います。

私が死ねない理由は大好きな家族がいるからだけど、生きている理由にはならないから、生きている理由も分からずに生きている自分が憎くて仕方ない。
自分が生きる理由を見つけたい。

こんなに言葉を綴って死にたい自分を肯定してあげたいけど上手く死ねるわけでもないので、今日も泣きながら夜を過ごそうと思います。
明日は生きたいと思えますように。
おやすみなさい。

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