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ご自愛ください

どうか、ご自愛ください。
わたしはこの言葉をよく使う。
幸せと平和(定義は揺らぐが)、そして笑っていられること、これがわたしのささやかな祈りのような、でも心からの願いだからだ。突然のことでいぶかしがる方もいるかもしれないが、本気でこう思っている。

話が大それてしまった。
昨今「ご自愛」という言葉を見聞きする機会が増えたように思う。そして、わたしは結構これを大切にしている。

自分のこと、愛してますか?
この問いに、すすんでYESと答える人は何割ほどいるだろうか。 
 わたしは、大学生の頃から、何やかんや理由をつけて自分のためになにかを贈っていた。いわゆるご自愛とかご褒美のような形だ。個包装の紅茶やコーヒー、口紅、1人でのんびりする時間、大好きな友人と過ごす時間、なにか新しいことを始める経験など、ものに限らずだ。

わたしにとって特別なものだったこの小さなイベントを、身近なものにしたのは、休職がきっかけだった。

急にぽっかりと、一日の大半の時間が空いた。誤魔化しきれない体調不良を引きずりながら、それでも日々を暮らさなければならない。
そのとき、それまで特別な機会だったご褒美を日常の要素のひとつにした。お徳用でもインスタントでもドリップでも、しっかりカップを温めてからコーヒーをいれた。出かけられる日には買った口紅をお守りのように塗り、ハンドソープは好きな香りのものを使い、好きなだけ大好きなアイドルグループのDVDを観て、好きな映画のお気に入りのシーンは、何度も再生の手を止めて繰り返し観た。

身体の痛みで眠れないときには、音声配信アプリのspoonを開いた。推しのみんなの配信は、決して頻繁ではなくても、いまもわたしに安心感をくれる、暖かい存在だ。そして、私自身も枠を開いて、途中から始めたへたっぴアコースティックギターに手を伸ばし、しばしの逃避行だ。

これらの結果、主観ではあるが、わたしの生活の質はだいぶ上がった。感情が豊かにでてくることが増えた。びっくりしたのは、支出が僅かながら減ったことだ。いつもは節約しようとしてもカツカツで、月末には半泣きだった。ショッピングがストレス解消、になりかけていたのがどうにか落ち着いたらしい。

この記事で伝えたいのは、自分を毎日愛しいと思って過ごすこと、毎日ちょっぴり贅沢することは、悪では無いということだ。
忙殺されてそれどころじゃない!人は、
・適温で飲み物を入れて飲むこと
・あなたは美しいと認めること
・自分を過小評価しないこと
・一般的、に縛られないこと
・お風呂はしっかりゆったりすること

このなかからひとつでも、できそうなことをやってみてほしいと強くおもう。私の推しが言っていた言葉ですごく腑に落ちたのは、「あなたは、なにやってもいいんやで!なんでもいいんやで。法さえ犯さなければ!」っていうニュアンスの言葉でした。
わたしはこのマインドで生きています。だから、二度寝したって、ケチって2杯分の豆で3杯のコーヒーをいれて、結果的に薄いコーヒーを飲むことになったって、やりたいときにすきなだけやったって、いいんですよ。責任は負いません!

最後にひとこと。ここまで長々と読んでくださった、優しいあなたへ。
どうか、ご自愛ください。


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