野良犬にゼンリー付けたらいいんじゃない
私が大学時代にライターとして働いていた会社は、すごく仲が良くて恋バナも盛んだった。
その中でも特に恋バナが激しかったのが、社員の女性、Aさん。
Aさんがするのは恋バナというより、とにかく遊びまくりの大暴れ武勇伝のようなもの。
その武勇伝の中には、毎回違う男と初めてのフリをしてバリアンホテルに行くため、最初の1つだけ押印された『伊豆リゾート宿泊券が貰えるスタンプカード』が10枚も手元にあり、「これで10ポイント貯まったことになりませんか?」とホテル側に交渉して断られたという逸話もあるほど。
とにかく、色んな男を取っ替え引っ替えしているのだ。
ある時、Aさんが話し出す。
「私、彼氏に浮気を疑われてるんですよ」
いやそんな遊んでるのに彼氏おったんかい、という思考が先に来たが、上司たちはみんなそれを知っているようで何事もなく聞き流した。
「連絡の付かない時間が多くて、仕事だけじゃ説明つかなくなってきたんです」
そう語るAさんは、仕事終わりに飲みに行ったバーで出会った男とそのまま傾れ込む、みたいなことをよくしていたので、そりゃ仕事じゃ言い訳がつかないだろうと思った。
ただAさんの一番の悩みは、当時流行していた「ゼンリー」というアプリの存在だった。
位置情報なんて共有されてしまったら一発で浮気がバレるのでずっと断っていたが、この度ついにインストールを迫られることになってしまったそう。
「やましいことがないなら位置情報見られても問題ないでしょって言われて…」
そりゃそう。彼氏が正しい。
私はシンプルに疑問に思って
「浮気やめるのが一番の解決策なんじゃないですか?」と提案した。
するとAさんが答えるより前に、上司が
「一度ヒトの肉を食べたクマはもう元には戻れないからね」と言った。
確かに〜とは思わない、別に。
なんで説得力あるだろみたいな口調なのか。
しかしAさんは首が取れるほどに頷いたので、一旦浮気をやめるという選択肢は抜いた解決策を模索することになった。
いろいろと話し合った中で、最終的に上司が出した結論はこう。
ブックオフで中古の安いスマホを買い、ゼンリーを入れて野良犬に括り付ける。
そしてその野良犬を野に放ち、日本中を闊歩させて位置情報を錯乱させる。
なに言ってんだ。
馬鹿すぎるだろ、と思ってAさんに目をやると、それいいですね〜!と目を爛々とさせていた。こっちも馬鹿だったか。
しかし、そうと決まれば!と言った頃に、Aさんの様子が途端におかしくなった。
「でも!こんなに浮気を疑ってくるってことは自分にもやましいことがあるんじゃないですか!?
自分がやってるから相手の行動パターンを疑うんですよ!!絶対にそう!!」
そうか、そういうこともあるかもしれない。
ただ相手が浮気してても引き分けなだけで、Aさんの勝ちにはならないけどね。
そんな言葉を飲み込んで笑っていると、上司が言う。
「彼氏も浮気してるなら、向こうも野良犬にゼンリー付けて放流するのかもね。それで2匹とも保健所に保護されて、処分される時になってようやく2人の位置情報が重なり合うんだ。ロマンティックじゃんね」
ここで気づいた。
この議論って、真面目に参加した人間の負けなのか。
人とは真面目に話さない方がいいこともある、ということを身をもって知った痛い思い出である。