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友達というものは、私が思っていたよりも大切な存在だったらしい

私は怒った。本当に怒った。
怒った程度ではない。激怒した。

「山田くんって誰?」と私に聞いていたのは、入社以来、一番お世話になっていて、私が最も慕っている先輩だ。

山田くん……? 山田くんって、誰だ? 山田くんと言われて、私はジャニーズグループHey!Say!JUMPのセンター、山田くんしか思いつかなかった。
「ジャニーズのですかね?」と念のため先輩に聞くが、違うと言われる。しかしそれ以外に、私は山田くんを知らない。

「だから、山田くんですよ」と先輩に急かされる。いや、だから誰だ、山田くん。

あ、山田くん、一人いたわ。

山田くんは私の学生時代の男友達だ。定期的に連絡を取り合っている。大人になるにつれて連絡を取り合う友人は自然と減っていくが、彼は変わらず今でも仲の良い友人の一人だ。

「ああ、山田くんですね!」と、山田くんについてペラペラと答える私。普通に返答してしまったが、なんか変だ。

私、先輩に山田くんの話、したことない。

「……ところで、なんで山田くんのこと知ってるんですか?」

問うと、私がランチに行っているときに私の席を通りかかり、その流れで別の先輩と2人で私のパソコン画面を覗き込んだらしい。

私は日常の業務でLINEを使用することが多く、お客様からLINEで発注をもらうこともある。そのため、日頃からパソコンの画面にLINEを表示させている。プライベートアカウントを業務でも使用しているので、もちろん私の友人とのトークも見ようと思えば見ることができる。

そう、見ようと思えば。

見ないでおこうと思ったら、そうすることもできるのだ。けれども、彼らは見たらしい。トーク内容までは見ていないらしいが、山田くんの名前とアイコンをしっかり認識できるくらいまでには、画面に顔を近づけて見ていたようだった。そして悪意なさそうにケラケラ笑いながら言い放った。「山田くん、やばくない?」と。

思考が停止した。やばいとは? やばいとはどういうことだ? 何がやばいの?

というか、この人、私の友達バカにした???

そもそも、なぜ人のLINEを勝手に見るのか。

特に見られるとまずい内容のLINEは誰ともしていない、にしてもだ。業務で使用しているとしても、一応は私のプライベートアカウントだ。いや、プライベートアカウントかどうかは、もうこの際どっちでもいい気もする。なぜ、人のパソコン画面を本人不在の時に、勝手に盗み見るんだ……?

そして何より、なんで会ったこともない私の友人を、侮辱されなければならないんだ? なんで否定されなければならないんだ? 山田くんのこと、何も知らないじゃないか。名前とアイコンを見ただけで「やばい」って、何事? 名前が? 見た目が? 何が???

時間が経つにつれ、思考もまわってきたが、それと共に沸々と怒りがこみ上げてきた。腹が立つ。非常に、腹が立つ! なんで、私の友人が悪く言われなければならないんだ。悔しい。悲しい。けれども今の感情に任せて、声を荒げるわけにはいかない。会社のトイレに籠って、ひっそり泣いた。

ところが残念ながら、私は泣き寝入りできるような性格ではない。非常に短気だ。日々、何かしらに怒りを感じている。まだ乗客が降り切っていないのに、我先にと電車に乗り込む人だとか、車内が座れないくらいには人がいっぱいなのに、自分の荷物を横にどっかり座らせている人だとか、そういうのを見て一人で勝手にイライラしている(書き出してみると、主に電車でイライラしているんだなぁと思った)。毎日毎日小さなことにプンスカと怒りを感じている私が、友人をバカにされて黙っていられるわけがない。

「ちょっといいですか」とケンカ腰で先輩に話しかける。

山田くんがやばいとはどういうことでしょうか? なんで会ったこともない方に、彼のことをバカにされなければならないのでしょうか? 彼の何を知っているのでしょうか? 何も知らないですよね? 人の友達捕まえて「やばい」って、そう仰るあなたたちの方がやばくないですか? というか、そもそも画面につきっぱなしだったからっていう理由で人のパソコン画面をまじまじ見るの、普通にやばくないですか?

怒りで声が震えたが、一気にまくし立てた。言い訳をされようもんなら、すべて「だからなんですか?」「それでその言動が肯定されると思われてますか?」と再びまくし立てる。

いま冷静に考えると、先輩に喧嘩をふっかけているので、場合によっては今後非常に仕事がやりづらくなる可能性もあっただろう。でも、これに関しては譲れなかった。私の価値観が、正義が、すべてが許してはいけないと言っていた。だって、例え山田くんが本当にやばかったとしても、彼は私にとって大切な友人だからだ。私は「人のLINEを勝手に見る」という行動よりも「私の友人をバカにした」ということを断じて許してはならなかったのだ。

言い訳が非常に多かったが、私のパソコンを一生触るな、という言葉で自ら売りに行った喧嘩を締めた。大人しく「はい……」しか言えていなかった先輩を「ざまぁ」と思う反面、威厳をなくした姿を見て、なんだか小さいな……と悲しくもなった。

「喧嘩は売られたら買ってもいいが、自分からは売るな」と父から教えられて育ったが、この喧嘩は許されるだろうか。いや、許してほしいなぁ。そんなことも思った。

山田くんとは、もう10年以上の付き合いになる。男女の友情は成立するんだよなぁ、と私が思えるのも、彼の影響が非常に大きい。それくらい信頼しているし、友人でいてくれることに感謝している、つもりだった。

何事も、不自由なく自分の周りに常にあると、それを当たり前に感じてしまい、有難みを感じることが少なくなる。家族しかり、友人しかり、仕事しかり。どうしても当たり前に感じてしまうものだ。

山田くん始め、いま私と仲良くしてくれている友人の存在は、もはや当たり前に感じてしまっている。一緒に出かけて服を選んでもらったり、おいしいものを食べたり、映画を観たり、悲しいときやつらいときは話を聞いてもらったり、聞いてあげたり、愚痴を吐き出したり。大切な存在だと思ってはいたものの、それが当たり前すぎて強く感じることはなかった。

だけど、今回の件で私は自然と激怒した。大切な存在を否定されたからだ。咄嗟に怒りが湧いてきて、後先考えずに先輩に文句を言うほど、友人という存在は私にとって大切で、なくてはならない存在だったのだと改めて認識することができた。決して気持ちの良い認識の仕方ではなかったけれども、そのことに気づけた点だけにおいては、先輩たちに少しだけ感謝してもいいかもしれない。

ちなみに先輩たちが「やばい」と言っていたのは、山田くんのことではなく、「本人に隠れてトーク内容まで勝手に見ちゃうの、やばくない?」の「やばい」だったそうだ。まぁ、少なからず罪を軽くしようと後から嘘を付け足すこともできるよなぁ、と脳内のひねくれた私が言うが、そこまでひどい先輩たちだと思いたくはない。
先輩の言葉足らずと、私の捉え違いではあったが、やっぱりどういう理由であれ、人のLINEは勝手に見るものではないなと思う。

さて、残るは仕事だ。先輩たちはかなり反省しているが、シュンとされすぎて仕事がしづらくなるのも逆に困る。短気な私ではあるが、ここは少し大人になって、仲直りの印としてお菓子でも分けてあげようか。

「まだ私に怒られてヘコんでるんですか(笑)?」と少しマウントとってやろうと考えてしまうあたり、脳内のひねくれた私がまだ彼らを許しきってないと思われる。

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