当たり前のキャリア観?
現在、多くの日本人は初等中等教育で「好きなこと得意なことを仕事にしよう」というキャリア教育を受けています。当然のことながら、そこでは「私の好きなこと・得意なことは何だろう?」という命題について問われます。
キャリアにおけるこのような考え方は、自分の得意に合った職業をマッチさせることからマッチング理論といいます。もっと難しくいうなら特性因子理論です。個人の特性と職務の特性それぞれの因子を分析して合致させるという考え方です。
さて、好きなことがそのまま仕事に直結する人はいます。例えば、プロスポーツ選手の多くは子どもの頃になりたかった職業に就いています。
しかし、そこには「才能」と「努力」の結実が必要で、しかもその2つの前には「並々ならぬ」という条件が必要となるでしょう。
また、私たちはテレビ中継などで実際に活躍しているプロスポーツ選手しか観ることができないので、その影には何百倍ものプロを目指した人々の諦め、つまりキャリアチェンジがあることをイメージできません。
話を戻します。
一部を除いて、ほとんどの小中学生の好きなこと得意なことというのは「ゲーム」「動画」「運動」「芸能」といったサブカルチャーです。なぜなら、子どもの多くはそのくらいの実体験しかないからです。そこから発想できる職業といえばゲームクリエイター、youtuber、プロスポーツ選手、アイドル、ダンサーなどでしょう。
そのことを理解している大人がなぜ「好きなこと得意なことを仕事に」というキャリア教育を行うのか、それは子どもが喜んで前向きな気持ちになるからです。子ども達に夢と希望を与えるからなのです。
子ども達に夢や希望を与えることは大切なことです。しかし、小中学生の間に散々希望を与えておいて、そのまま高校・大学へ押し出します。そして、多くの若者はそこそこの年齢になって初めてリアリティ・ショックを味わい、与えられた夢や希望が幻想だったことに気がつきます。
つまり、幼少期や児童期において、マッチング理論をベースとした職業選択には無理があるのです。むしろ可能性や選択肢を減らしてしまうといった害の方が大きいのかもしれません。
一方で、キャリア発達論という考え方があります。人は年齢と共に知識は増え、理性的な理解力や考察力は高まります。そして人間関係はより複雑になり、肉体は成長し、実体験の量も増えます。また情報へのアクセス機会も増え環境も変化し続けます。つまり人は内部環境、外部環境ともに発展する中で生きているのです。
このような環境の変化を考えながら自己の職業(workcareer)や人生行路(lifecareer)を選択し適応していく必要があります。これがキャリア発達論の考え方で、価値観の成長と能力の探索と努力が継続的に求められます。
さて、私は大学生からよく「好きな仕事が見つかりません」という相談を受けます。その後には「だから就活が進みません」がセットになります。
これは私なりにはマッチング理論によるキャリア教育が引き起こした現実なのかと感じています。くわえて、スマホ世代の現代若者の現実体験の少なさから生まれる悩みなのかもしれません。
若者には、情報収集のために身体を使って行動し、たくさんの大人と関わって話に耳を傾け、成功体験も失敗体験も挫折も恥をかく経験もたくさんして、自分なりのキャリア観を作ってほしいと願っています。
迷わず行けよ!行けば分かるさ!