21日目 いいなり
結局館長のいいなりになる、私たち。
自分の判断があっても、それを大切にしないで、言いなりになる。
「私はこう思います」
こう言って相手にしてくれなかったら、言う気持ちもなくなるのは自然なことだと思う。
館長はいかに責任を回避するかしか考えてない。しかもとても楽な方法で。人としてつまらん。都合が悪くなると、適当に冗談を言って回避する。つまらんし、面白くもない。あんな人にはなりたくない。
何が書きたいのかわからん。
ただ愚痴を言いたいだけ。
なんかなぁ。
つまらんなぁ。
違和感を大切にしたい。
違和感なんて感じない方が楽なのかもしれないけれど、それでは自分がどこかに行ってしまう。
違和感を解剖するのって楽なことではないけれど、無視したくない。今までたくさん無視してきたから。
自分がどこかに行ってしまっていたから。
「基準」のようなものを他人から決めてもらえば楽なのかもしれない。自分で考えなくて済むから。自分で決めるのって結構大変だなって思う。私は今まで自分の人生の責任を他人に押し付けて生きてきたから。自分で基準を決めて、自己決定していくのは不安だし、怖い。
最近、自分軸という言葉をよく聞く。
その言葉からは何があっても決してぶれないようなとても強固な芯を持てば大丈夫だというニュアンスを感じるけど、人間生きていれば心は揺れ動くし、ブレるし、そんなもんなんじゃないかと思う。
自分軸の対義語は他人軸だ。
他人軸という言葉からは、人生が他人に振り回されているみたいなニュアンスを感じるし、そういった感覚は私はとてもよくわかるつもり。
自分軸、他人軸という言葉ができたのはなんでだろう?
「自分軸を持とう」という標語が流行っているのはなんでだろう?
そんなことわざわざ言うまでもなく、自分は自分の人生を生きているはずなのに、他人に振り回されていると感じている人が多くなったからなのだろうか?
それとも昔よりもっと「自分らしく生きることができるんだ」と考える人が増えたからだろうか?そもそもここで書いた「自分らしく」とはどう言うことだろうか?
生きづらさを感じる人が増えたのだろうか?
私みたいに「今の自分は本当の自分じゃない」と考える人が増えたんだろうか?現実逃避。現実否定。自己否定。急に白馬の王子さまがやってきて「あなたは王家の子孫で…なんとかんとか…」という日を待っているのだろうか。
結局私は私で、王子様がやってくるみたいに何かが急に変わることはなく、1日1日毎日が過ぎていって、生きていて、それだけ。ハッピーなこともあれば、嫌なこともある。それが人生なのかも。
じわじわと何かが変わっていく感じがある。
4年間の無職期間。長かった。
ザ・暗黒期間。この暗黒期間があるから今の私がいるのは間違いない。無理にでも美化したくなるけどやめておこう。まだ「暗黒期間」と呼ぶ方がしっくりくるから。
「もし、こうだったら」とたらればを挙げればきりがない。時々そう言うことを考えて、落とし穴に落ちる。それもいいのかもしれない。
何が言いたいのか本当にわからない文章でごめんなさーい。
明日もクソバイト行ってきます。
2ヶ月やり切るって自分で決めたから。
あースッキリした。
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あと、自分の思いを言葉で適切に伝える能力を磨くと決めました。感情を適切に表現したい。
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