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失くした

文章が書けなくなっている。最近死にたくなるぐらい悲しいことがないからだ。いつだって悲しみを原動力にして文章を書いてきた。それは初めてペンを持ったあの頃から変わらなかった。悲しみをあらゆる方法で押さえ込んだ今、私の心に埋まらない空洞だけがぽっかり残った。

大好きな人が26歳になるまでに処女作を書き上げようとしていた。だから私も25歳になるまでに処女作を書きあげたいと思っている。魂を込めた原稿用紙に広がる私の世界。でも今の私には何も書けない。感情がない。身を削ってまで伝えたいことがない。日々が淡々と過ぎていって、味がない。

毎日がままならないので、医者と薬と心理学に頼ることで感情を麻痺させて悲しいことを考えないようにした。その結果私は少しばかり健康になった心身を得たけれど、私はその代償にずっと大切にしていた感情たちを失ったのかもしれない。人魚姫が陸へ上がるために声を失ったように、私は社会に適合するために自分の中の異端な感情と決別した。

これってすごく悲しい。社会に適合できない自分は、いつか別の世界で花を咲かせて有名になるんだろうと夢見ていた。でも私はだんだんと普通になりつつあって、社会の一歯車としてガタゴトガタゴト社会を動かす立場になってしまったのかもしれない。あの頃憧れていた私の姿と現在の私は酷く乖離している。

健康に生きるために苦しみを手放した。人に迷惑をかけないために苦しみを手放した。でも苦しみを手放した私には何も残らない気がする。1人部屋で泣いていたあの頃の方が、芸術的に豊かだった気がする。私においては全て芸術は苦しみから生まれるんだろう。今の私は毎日を怠惰に過ごすだけで、何も創造できないちっぽけな存在だ。私の心に空いた空洞は、芸術でしか満たすことができなかったんだ。

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