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ベランダにて

「ねえ、土曜日行こうって言ってたディズニーどうする?」

ベランダで煙草に火をつけると後ろから英里に声をかけられる。英里はまだ下着姿で、こちらに向かって無邪気に笑いかける。

「ディズニー行ったら別れるらしいからやめよ」

英里に背を向けたままベランダで煙草を吹かしながら答えると、その答えが気に食わなかった様子で彼女は下着姿のままベランダに出てきた。

「別れるも何も付き合ってくれないじゃん」

嗚呼めんどくさいと思うけれど、あえてそれを口に出さず「えー何本当に行きたいの?」と言う。英里は「行きたいよー」と言いながら室外機に置いてあった煙草とライターを手に取り煙草に火をつける。

「やっぱりハイメンだ、クズ男はハイメン吸うって本当だね」

「クズじゃないよ別に」と言いながら煙草を吹かし続ける。嗚呼めんどくさい。英里は可愛くてスタイルもよくて、きっと彼女にすれば男友達から「お前どこで知り合ったんだよ」と聞かれまくるに違いないだろう。俺の横を英里が歩けば、自分で言うのもなんだけれど結構様になるカップルだろう。でも彼女のどうもメンヘラ気質なところが苦手で、たまに会って都合よくセックスするぐらいが丁度いいと思えてしまう。

昔から「このクズ男!」と別れ際に女に泣かれることが多かった。サイコパスと思われるかもしれないが、なぜ彼女達が自分に対してそこまで泣けるのかわからなかった。所詮他人同士だから考え方に違いがあって当然だし、彼女達の苦しみを全部わかってあげられる程俺は立派な人間じゃない。でも自分に寄ってくる女はみんないつもか弱くて、心の拠り所を求めていた。一見美しく気高そうに見える彼女達の心がどうしてそこまで弱々しいのか、不思議で仕方がなかった。何人もの女を泣かせてしまった後、「嗚呼自分には色恋沙汰は向いていない」と悟って都合よく遊ぶ方向にシフトチェンジした。相変わらず泣く女はたまにいたけれど、恋人という前提がない分、幾分か罪悪感が紛れた。

「服着た方がいいよベランダだから」

下着姿のままの英里を気遣って声をかけると「うわー、優しいね」とわざと冷やかすように彼女は笑った。そう言って服を着る様子もなくベランダで煙草を吸い続ける彼女をぼんやりと眺めながら、「こんなに美しい彼女がどうして急にヒステリックになって夜中に不在着信を何件もいれるのだろう」と考える。自分の理解の範疇を超えるものに人は惹かれるのかもしれない。彼女の精神的な脆さを思い出すと急に愛おしくなって、彼女の髪を撫でた。彼女は満更でも無い様子で、髪を撫でられ続けた後、吸い終わった煙草を室外機の上の灰皿に落とすと部屋に戻って行った。

「じゃあ、私帰るけど、ディズニー考えといてね」

煙草はもうとっくに吸い終わっていたけれど、何となく部屋に戻りたくなくてベランダに居続けた俺に向かって彼女はそう声をかけた。「わかった」と言ってベランダから手を振り彼女を見送り、彼女が部屋を出ていったところで部屋に戻る。テーブルの上に置かれたスマホを手に取り土曜日の予定を確認すると、スケジュール帳には「ゆうか 15:00〜 かなで 22:00〜」と予定が入ってあった。

「ごめんディズニー行けない」とだけ英里にラインを送ると、数分後に泣き顔のスタンプと共に「また今度行こ!」と返事が来た。英里の聞き分けのよさが、何だかんだ言って彼女の一番好きな部分なのかもしれない。

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