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残像日記10

十二月某日

だれも通らない道らしいことは、潰された花が見当たらないことでわかった。形のいい花弁が、芯に明るい黄色の雄しべを揃えて、落ちたときの形のまま道を埋めつくしている。暗みを帯びた赤い絨毯は、アーチ状のトンネルのはるか先まで続いていた。

稲葉真弓『半島へ』

赤い花は藪椿。近所に咲いている椿を見ては、絨毯のように埋めつくす景色を想像する。いま心から見たいと思う景色が具体的に思いつけず、それは哀しいことなのか、気にしなくていいことなのかわからなかった。

十二月某日

百閒と近所のクリスマス会へ。テンポの遅い「きよしこの夜」はどう歌えばいいのかわからなかったそう。能楽みたいなものだろうか。老若男女で合唱は難しいのか、たびたび輪唱になるのがなんだかよい。「ドレミのうた」のシのところを、ドーナツやラッパと同じように歌うことができず、なにかまだ、思うところ、言いたいことが少しあることをそっと確認したのだった。

十二月某日

稲葉真弓『海松』読了。先日読んだ『半島へ』の前にあたる小説。志摩半島は思っていたより遠くなさそう。

十二月某日

今月はなにかと理由をつけ、おいしいものを買っている。先日はPOMPONCAKESのキャロットケーキ、誕生日はロングトラックフーズのフルーツケーキと白に近い桜色のチューリップ。

十二月某日

年末年始のために借りた本
日和聡子『砂文』
暁方ミセイ『ブルーサンダー』
小笠原鳥類『小笠原鳥類詩集』
ファン・ジョンウン『百の影』
梨木香歩『歌わないキビタキ』

朝から頭痛と発熱。発症から正確な検査結果が出るまでの時間が足りていないという理由から「見越しインフル」と言われる。初めて行った病院から誠実さを感じ、診てもらいながら回復していくようだった。

十二月某日

古本で買った本が届く。江國香織『シェニール織とか黄肉のメロンとか』。装画は西淑さん。去年の今頃、同じように古本で買った『ひとりでカラカサさしてゆく』の単行本の装画はヴィンテージ生地にありそうな図柄。となりの市の図書館で見かけた『雨はコーラがのめない』の単行本の装幀はとても良く、たしか葛西薫だったと思う。

今年は詩を少しずつ読んだ。わかる詩、わからない詩があり、わからない詩に痺れることが多かった。わからなくても、普段あまり使っていない場所にじわっと滲んでくるものがあり、差し込んでくる光を感じられると嬉しかった。詩を読むことはその場その場に立ち合うことに似ていると思う。


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