アイラブ / わたしのゆめ
こんな私でも、しあわせなことに大好きな居場所がたくさんある。
こればかりは本当に人や場所の縁に恵まれているな〜ってすごく思うし、わたしの財産であり自慢。
しかし、そんな大好きな場所も時間が経てば形が変わっていく。当たり前のことだけど、何度考えてもやっぱり寂しい。
2024年を終わらせるためには、私には乗り越えなければいけないことが、ドーンと年末に待ち構えていやがったのだ。
京都の二条駅からすぐのライブハウス、京都GROWLY。わたしはこのライブハウスにめちゃくちゃ関わりが深かった、かと言われると、客観的に見れば違うと思うけれど、個人的にはわたしの京都で過ごした学部や院生生活の6年は、ここ無しには語れない!と胸を張っていうことが言える。と思う。
京都に引っ越して初めて遊びに行ったライブハウス。弾き語りを始めて1番最初に出たし、誘ってもらったバンドの加入お披露目の日、飲んで仲良くなった友だちと組んだバンドでもたくさんお世話になり、たまにフード出店したり、サークルの企画で使わせてもらったり。
言い始めたらキリがなくて、きっとそういう人、思い出が止まらなかったり、GROWLYを思うだけでいろんな気持ちになるような人ばかりが、年末に大集合。
GROWLYが閉店するって!!!!!!
その日いつものようにSNSを流し見して時間を溶かしていたら、ザワザワのタイムラインに動悸が止まらなくなる夜。
何が何だか理解もできず、各々思いを呟く流れに混ざってわたしもツイートをする。その日から全然実感がわかないまま、閉店2日前を迎えてしまった。
閉店前日は爆風マグマ音相撲を見る。
主催2バンド、SuperBackと171は言わずもがな。それに加えてNo Funと神々のゴライコーズ。好きに塗れていて素晴らしいな〜と思いながら、フロアライブを見た。
No Funを見終わったあと、決して、何にも実感がわくことがなく、そのままたまたま話した人に「明日は最後まで居れなくて」と話すと、「じゃあGROWLYで見る最後のNo Funだったんですね!」と言われて心が寒くなった。
文字が線になって塊になって右から左に通過する、そんな感覚だった。
その日はもうたくさんたくさんお酒を飲んで、めちゃくちゃ酔っ払って、いろんな人に絡みに行って、思い出すと最悪だけど最高だった。緊張したけど秋さんともちょっと話せて、なんか大丈夫だなと思ったり、美しさの権化みたいな清水さんになんか綺麗になったね〜と言われて、実家に帰省してきた娘みたいな気持ちになったり。
あと大好きな人には大好きだと伝えた方がいいです。(グレ橋さんが1番好きなドラマーなんだと熱弁し、サインをもらい、ツーショット撮ってもらい、もはや推し活をした)
ライブハウスにまた明日〜と手を振って、帰りにおぎまゆさんと食べた香来の台湾ラーメンがめっちゃ美味しかった。
次の日は、なんかずっと途中から顔出せばいいや〜なんて思ってたのに気づけば最初のバンドに間に合うくらいのスピードでGROWLYに舞い戻っている自分が居た。
いよいよやってきた最終日。
昨日買っておいたNOMOCA(お酒が10杯飲める魔法の券)を召喚し、この日も例に漏れずたくさんお酒を飲んだ。
久しぶりに会えた人、見たかったバンド、現実、心の調子が傾いていること。何もかも受け止められなくて超バッドに入ったわたしは、開始から2時間くらいバーカウンター前の椅子から動けなかった。フロアから漏れる音漏れを聞いて、もはや泣けもせず、ひたすら自分の嫌なところと向き合った。
Hue'sの番が来て、やっと立てたのでライブを見た。
なんだこれすんげえな、となった。転換リハの時から語彙力は居なくなり、どでかい音に殴られながらお酒を飲んだらすごくスッキリした。音楽好きで良かったなサイコ〜と改めて思った瞬間だった。
そこからまたいろんな人にお久しぶりです、をしにいき、向こうから気づいてもらえることもあり。おかえり、よく来たねえ、最近どう?と声をかけてもらえるこんなに柔らかい場所が無くなるのが本当に嫌だと寂しくなる。
そんな寂しさを抱えて見たthe seadaysが、本当に本当になんてことしてくれるんだ!というようなライブをしていて、悔しくて涙が止まらなかった。
わたし、GROWLYに涙を全部置いて帰るんか、というくらい泣いた。
いつも格好良くて頼もしくてでっかい背中のお兄さんたちが、いつも通りに、でも更にパワフルさを増してそこに居て、安心と悔しさとこれから先の想像のつかなさに泣かされた。
ライブが終わっても涙が止まらなくて、おぎまゆさんにハグされて更に泣いて、こんなに涙の思い出のライブになるのは嫌だなと思ったけど泣いた。
そういえば、初めてthe seadaysを見たのもGROWLYだった。パニックバカンスにベランパレードを見に行ったとき、お友達におすすめされて見た。その時も熱にやられて泣いてたな。あれで虜になった、わたしにとって大事なバンド。最後にGROWLYで見ることができて本当によかったです、ありがとうございます。大きな愛。
泣き切ったらお腹がすいて、3階に行ってフード出店で来ていたムジコの油そばも食べた。なんなら限定と定番2つ食べた。
Antonio(ビル2階のスタジオ)での練習前によく岡田さんに会いに行って、寒い時は生姜味を頼み、最近の悩みとかバンドのこととか好きな音楽とかいっぱい話を聞いてもらった大事な場所。久しぶりに岡田さんに会えて嬉しかったし、ムジコはやっぱり美味しかった。
時間が遅くなるにつれて人でいっぱいになるGROWLYビルは本当に素敵な光景で、しあわせを噛み締める。わたしは夜行バスで帰らなければならなかったから、最後は吹っ切れて(表現が正しいかは分からないけど)いつも通り楽しむことにした。みんなが今ここ、を楽しんでいて心が解されていった。
知らない間にバスの時間が近づいていて、慌ててGROWLYを去ることになるわたし。結局いつものライブ帰りのように挨拶したい人たち全員には挨拶しきれず、目についた人たちに帰ります!また!と告げて駆け足で嵯峨野線に乗る。もう二条駅使うこともほとんどなくなるだろうな〜と不思議な気持ちになりながら、パンパンの荷物を抱えて乗ったJRはすごく尊かった。
普段は眠れる夜行バス。今回はなぜか全く眠れず、最後のNo Funが始まる頃、目的地に到着。GROWLYを去ったあともまだ、わたしは12月29日を勝手に引きずっている。
身体中のありとあらゆる全て、心も頭も細胞も全部刺激されて、今まですっかり落ち込んだ日常生活を経て歌を作ることができなくなったわたしが、久しぶりに歌を作ることができた。すごく自然に、するっとつるっと。
わたしの生活の歌だけど、これはGROWLYに向けたラブレターだと思っている。
これが2024年の曲納め。
終わり良ければ、全てよし。