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故郷で新規事業を考えているあなたへ

もともと私は作業療法士として、地域コミュニティの中で高齢者と密接に関わる福祉事業に取り組んでいました。
そんな私がなぜ、企業の健康経営を支援する事業を立ち上げたのか。
 
今回は、「しあえる」を事業化し会社をおこすきっかけとなった「暮らしのリハ室」プロジェクトについてまとめたいと思います。

医療・保険制度に頼らない健康づくり事業を目指して

(株)canvasを立ち上げる前、私は島根県雲南市の訪問看護ステーション「コミケア」で訪問リハビリテーションや、地元の高齢者団体に向けた健康体操の普及活動などの地域の健康づくり支援に携わっていました。

日々、地域に密着したリハビリを行う中で気づいたこと。それは「医療や介護を必要とする前から、日常の中で腰痛やひざ痛などの整形疾患で困っている人がたくさんいること。そしてそれが個人の生きがい活動の妨げになっていること」でした。
 
こうした整形疾患の症状は日常の動作に起因することが多いのですが、その治療にあたっては痛み止めやコルセットなどの対症療法が中心になっています。

日本医科大学の陣内先生、元協会長の中村先生にご協力いただいて開催したワークショップの様子

私は、痛みに根本的にアプローチするためには「医療や介護を必要とする前の段階で患者さん本人が自分の痛みに気づき、その原因を知り、ケアをする方法を知ってもらうこと」が必要だという考えに至りました。
 
しかし、ここで壁となったのが医療保険・介護保険制度でした。
 
従来の作業療法士の働き方は、患者さんが医療保険・介護保険を利用することでリハビリのサービスを提供するというものです。
国全体を見るとその予算は削減傾向にあり、われわれ作業療法士は患者さん一人ひとりに向き合う時間が限られ、その枠組みの中では自分の理想とするリハビリを提供することが難しいという現状があります。
 
また、制度を利用するためには患者さん本人が医療や介護を必要とする状態でなくてはなりません。
その前段階、まだ日常生活に支障のない状態で健康づくりのために行動する習慣を身につけるための支援を行うには、この制度を外れた自主事業という形で事業を展開する必要がありました。
 
そこで雲南市主催の市民チャレンジ応援事業「スペシャルチャレンジ」を活用し、生活の中で高齢者が自発的に健康づくりを行うきっかけづくりを目指す「暮らしのリハ室」プロジェクトを立ち上げました。

10組程度の応募の中から無事に1枠に採択

「暮らしのリハ室」から見えた課題と、アプローチの可能性

「暮らしのリハ室」では、まず一人ひとりの高齢者に対して個別で痛みを改善する身体の動かし方の指導を行っていきました。
しかし高齢者の皆さんにとって、腰痛や首の痛みはこれまで長い間つき合ってきた“当たり前のもの”。
それを改善しよう!とこちらが提案しても消極的な姿勢であることが多い現状でした。
 
そこで
「身体の痛みはいつから始まるのか?」
「どうして起こるのか?」
「どうすれば医療保険・介護保険制度の枠組みを越えた解決策を導けるのか?」
 
こうした命題について地元の医療・福祉関係者や地域団体の代表、作業療法士協会長などと協議を行い、広く参加者を募ってワークショップを開き、住民の皆さんが必要とする健康づくりサービスの意見やアイデアを集めていきました。その中で痛みに関する多くのことが分かってきました。

日本医科大学の陣内先生と開催したワークショップの様子

・病気や痛み等で自覚症状が出てくるのは 40 代〜50 代からであること。
・腰痛・肩こりといった痛みが業務上の支障や欠勤につながっていること。

そして出てきたのが“職業病”というキーワードだったのです。

こうした取り組みを通じて、私は「若い世代のうちから痛みに向き合うきっかけをつくり、行動を変えていくことが個人の効果的な健康づくりと企業の健康課題の解決につながるのではないか」という仮説を立てていきました。

手探りで始まった「企業版・暮らしのリハ室」

企業の健康づくり支援について考え始めたところ、地域の方から紹介されたのが市内で乳製品の製造・販売を行っている木次乳業有限会社様でした。
製造課長とお話させていただくと、例のない取り組みに戸惑われつつも、製造現場で腰痛・ひざ痛といった悩みを抱える従業員が多くいるということで「企業版・暮らしのリハ室」と名を変えた試験的なプロジェクトに協力いただけることになりました。

木次乳業有限会社様

まず実施した従業員の方々を対象とするアンケート調査では、製造課長の尽力もあり、回収率は100%。
その結果から、従業員の8割以上が腰痛・ひざ痛・肩こりに悩んだ経験があり、一定数の割合で業務への支障や欠勤につながっていることが分かりました。
これは当時私も予想していなかったことで、やはりこうした痛みが企業活動においてマイナスに働いているということがデータとして裏付けられました。

現場見学やヒアリング、アンケート調査から見えてきた健康課題

しかし続いて社内全体に向けた講習会を開催したところ、実際の参加者は製造・販売・総務部門のおよそ3分の1に留まりました。
製造課長は「口頭の説明ではなく、実際に参加してもらうことで効果を本人に実感してもらうしかない」とおっしゃってくださり、社内で特に痛みを抱えている従業員の方に積極的に声をかけていただきました。
そうした尽力もあり、週に1度の企業訪問によるマンツーマン相談・指導をスタートさせることができました。

痛みが良くなる!という実感が、社内の変化につながった

訪問当初は
 「作業療法士に何を相談すればいいのか?」
「痛みの原因として内臓の病気が隠れている場合、作業療法士に見てもらったことで安心することはかえって悪影響なのではないか?」

と、必ずしも前向きな反応ばかりではありませんでした。
すでに通院している従業員については、今回の訪問指導よりも病院の指示を優先するといったすり合わせを行うなど、企業側と丁寧に方向性を話し合いながら訪問指導を進めていきました。

訪問指導では「どこに痛みを感じているか」という身体機能のチェックと「仕事の動作で身体にどのような負担がかかっているか」という分析を行い、痛みの原因を従業員本人と一緒に探っていきました。
例えば、痛みの原因が腰のつっぱりにあることが分かったとします。

「それでは、なぜ作業中に腰がつってしまうのか?」

そうした疑問点からさらにチェックを深めると、本当の原因は身体をかがめる際の太もも裏の柔軟性にあった…などという、表面的に生じている痛みとは違うところにある根本の原因を見つけることができました。

当初は参加者のほとんどが「整体・マッサージや薬がなければ不安」という意識を持っていましたが、訪問指導の中で「痛みは自分で改善することができる」という前向きな気持ちを持ってくださるようになり、セルフケアで痛みが改善する体験を通して従業員の間で次第に口コミが広がっていきました。
相談指導の締め切り後にも申し込みをいただき、最終的に半年間で9名の方に相談指導に参加していただくことができました。

福利厚生にとどまらない、企業の健康づくり支援の成果

企業側に職業病のケアに対するニーズがどれほどあるかも分からない状況の中始まった「企業版・暮らしのリハ室」の取り組み。
結果としてプロジェクト終了後のアンケートでは満足度100%を得て、「⻑年の悩みが解決した」「病院とは違う視点でのケアの方法を知ることができて、非常に良かった」という声をいただきました。

木次乳業㈲様からは
「『腰が痛い』『肩こりが辛い』という悩みは、これまで職場内でなかなか同僚に打ち明けることができないものだった。
今回のプロジェクトを通して参加者同士でどんなセルフケアを行っているか共有するなど、『痛み』というものに関して隠すことなく、オープンに話すことが出来る雰囲気が社内全体に広がり、業務への姿勢も前向きなものに変わっていった。
また、作業療法士に長い間打ち明けられなかった自身の痛みに関する悩みを打ち明けるという体験を通して、従業員一人ひとりの精神的ケアにも大きな成果がみられている」という評価をいただくことができました。

こうした企業活動へのプラスの影響は私も予想していなかった成果であり、企業に対する健康づくり支援には

① 従業員個人の医療費負担の軽減

② 企業における生産活動の向上

といった一定の経済的な効果があるということが判明しました。

集団に働きかける“一対多”アプローチの重要性

このプロジェクトを通して得られた経験は、現在の「しあえる」事業の形に大きな影響を与えています。

なかでも大きな気づきとなったのは介入にあたっては「主人公」に寄り添い、「主人公」の求める成果に対するアクションプランを提示する必要があるということです。

私は作業療法アプローチの中で中心にすえる対象を「主人公」と呼んでいます。リハビリにおける主人公はもちろん患者さん本人ですが、企業という集団での健康づくり支援においては

① 経営者

② 従業員一人ひとり

③ 経営者と従業員が一体となった企業集団(コミュニティ)

といった様々な主人公がいます。

企業全体を動かすには経営者の考えに寄り添い、経営者の求める成果に沿ったアクションプランを提示する必要があります。

従業員個人の健康意識を高めるには、一人ひとりの身体の現状に寄り添う必要があります。

そして何より、企業の健康づくりに対する根本的なアプローチを行うためには「職業病は仕方のないもの」と考える社内文化ともいえる認識を変えていく必要があります。

そのために求められるのは、従来のリハビリのように個人に対する“一対個”のアプローチに加えて、企業という集団が共有している意識に対してどう働きかけるか?という“一対多”のアプローチです。

そのため、現在の「しあえる」事業では、従業員への個別での関わりに加えて社内でのワークショップを多く取り入れることに重きを置いています。

期待と不安の中で選んだ、起業という道

「暮らしのリハ室」から始まった一連のプロジェクト。
それまで私の仮説にすぎなかった「作業療法士の専門性を活かした企業の健康づくり支援」に対する企業側のニーズが分かり、大きな手ごたえを感じることができました。
この事業にもっと腰を据えて、本格的に取り組みたいという思いは日を増して強くなっていき、訪問看護ステーション「コミケア」を退職して独立し、新たに事業をおこすことを決心しました。

最初から「この事業はうまくいく」という確信があったわけでは決してありません。しかし、自分のやりたいことに挑戦しないままでいたら、必ず自分は後悔する。それよりもたとえ挑戦して失敗して後悔したとしても、その人生を選びたい。そうした思いが起業という決断につながりました。

中村先生より開業祝いとして大きなパキラの鉢植えを頂戴いたしました

新規事業を立ち上げる際には、伴走者や協力者の存在が不可欠です。今年からコーチングを学び始め、その知識と経験を活かして、皆さんの活路を見出すお手伝いができるかもしれません。ご興味のある方は、ぜひお気軽にご連絡ください。


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