「8月の珈琲 Peru:水面をあおぐ」
張り切りすぎたバサロキックで、プールの底を背中が擦った苦い思い出。
Peru:水面をあおぐ
背中が宙に弧を描いた
バーから離れた指先が水をとらえる
一直線のからだをうねらせ
水のなかへと沈みこむ
プールの底が背中をこすり
光が漂う水面をあおいだ
揺らぎながら差し込む酸味
先生がわたしを指差し、言った。
「みんなの前で背泳のお手本を見せてくれる?」
バタフライ、背泳、平泳ぎ、クロール。
4種目のうち、好きな泳ぎは、断トツで背泳だ。
一番の理由は、人の気配を忘れられるからなのかもしれない。
前も後ろも見ずに、ただ上だけを見上げ、足をばたつかせながら、腕をふり、手のひらで水をかく。
もちろん、試合となれば、そんなことは言ってられないが、ふっと、水と身体と意識が一体化する感覚を背泳で泳いでいるときには感じていた。
だから、先生に、一番好きな背泳でお手本を見せてと言われたとき、わたしは、なんだか、とてもうれしかったのだ。
背泳のスタートはとても気持ちが良い。
用意で、握ったバーに身体を引き寄せ、パーンと鳴った瞬間、背中で宙に弧を描き、指先から水をとらえる。
人が描くとてもとても美しい曲線。
その直後、身体は、一直線になりながらも、しなやかにうねり、バサロキックで、水の中に潜って、力強く進んでいく。
美しさと力強さ。
このギャップがまたいい。
と、酔いしれていたら、プールの底が背中を擦った。
水面と水平に進むはずが、どうやら、張り切りすぎて、斜めに底へと突進してしまったらしい。
いけないいけない。
浮上しなければ。
そう思いながら、光が漂う水面をあおいだ。
そこには、太陽の光とクラスメイトの視線が揺らいでいた。
8月の珈琲「Peru:水面をあおぐ」はシワ伸びのとても良い豆で、背泳のスタートのような気持ちの良い美しさを思い出させた。
そして、その酸味は、夏のプールで見上げた水面そのものだった。