noteをはじめて1週間。

noteをはじめて1週間。予想以上に自分の言葉を他者の目線抜きに綴ることができるコンテンツだった。とても感動。やってみて気づいたことがいくつかあるので、ちょっと書いてみようかな。


ちなみに今、BOL4の「some」を聴きながらこれを書いている。この曲、ずっと前から知っていたんだけれど、最近K-POPを聴き始めたオルタナ系の音楽が好きな友人にすすめたら、案の定好きだと言ってくれてフフってなった。

そういえば、「自分の好きなもの」をすすめるんじゃなくて「相手が好きそうなもの」をすすめることはすごく難しいんだなとそのとき実感した。もちろん「これを好きになってくれたら嬉しいなぁ」っていう下心が含まれていたこともあったけれど、自分の好みを無の状態にして、相手が好むビートの特徴、楽器の構成、調、声質、全てに気を使いながら、もはやその相手に自分がなったような気持ちで曲を選ぶのはすごく新しい感覚だった。(ちなみにおすすめした20曲中、その人にヒットしたのは5曲だった。25%の確率。高いのかな低いのかな)
ぜひ他の人にもやってみて欲しいな。なんか、その人とすごく仲良くなったような気になれるから。(本当にそうかどうかは相手次第だけれど笑)


話が逸れてしまった。noteについて気づいたことでした。

①自分の人称代名詞、語尾が安定しない
②自分の情報整理力の無さ
③自分のこだわりの強さ
④「けれど」って凄く使う

まず①について。前者については、「自分」って呼ぶこともあるし「私」って呼ぶこともあるってことを指していて、後者については、話し言葉の時と書き言葉の時があるってことを指している。もちろん、書評を書く時は書き言葉になりやすいっていうのはあるんだけれど、「私」という呼び方を使って「話し言葉」で書いている時は、すごく心の深いところを書いている時な気がするの。私はそういう時、加えてひらがなをたくさん使いたくなる。なんでかな。すなおな言葉だって伝わりやすいと自分で感じているのかも。

②については、もうずーっと悩んでいる。書いた文章をあとから見返すと、しっちゃかめっちゃかでアホだ〜ってなる。書いた言葉に限らず、普段お話するときも文脈とか助詞がめちゃくちゃで、よく話が下手だな……って思うことがある。先日自分が話上手だと評価してもらえる機会があって、地球がひっくりかえったのかっていうくらいびっくりしたんだけれど、私の日常会話を文字起こししたらまぁひどいことになる気がする。これはHSPが原因で、自分の言葉をリアルタイムで分析してしまうせいで脳がキャパオーバーになるっていうのもあるんだけれど、単純に物事を順番に並べる回路もうまく整っていないんだと思う。直さなきゃね。

③は、②とも少し関連するけれど、1度投稿した文章を、何度も何度も見直して、体裁をすごく綺麗に整えたくなってしまう。第1稿目に関しては、もう20回以上何かしらを編集したんじゃないだろうか。HSPは完璧主義だとよく言われていて、自分では絶対そんなことない笑と思っていたけれど、こういう所なのかもしれない。リアルで話をすることが苦手で、文字で何度もじっくりと練り直したほうが気持ちが伝わると思っている自分の気持ちはもちろん尊重したいけれど、やっぱり1度きりで終わってしまう会話はちゃんとできるようにしなければいけない。まずは、noteを書く時はもっと見返さなくてもすむように文脈を意識して書くようにしようかな。

④については、noteに限ったことじゃなくて、LINEとかでメッセージを送る時にも感じていた。自分の文章ってなんでもかんでも逆説から始まる。(この記事しかり。)これ、自分的には、自分の言うことを信用しきれていない証拠だと思っている。(世間では受け入れられていないのわかってるんです、それ前提だと思っているんです)けれど(私はこう思うんです)って感じ。なんて自己肯定感が低いんだ。わぁ。


深夜にいっぱい書いちゃった。これもまたたくさん書き直すんだろうけれど、まぁゆっくりゆっくりね。(1分後にもう編集し直してる、あちゃ〜)