′95
随分と時間が空いてしまいました。
お久しぶりでございます。
幼少期から現在まで過ごしてきた平成とさよならをして、早2日目になりました。
ちなみに、私は平成7年生まれです。全ての義務教育をゆとり教育で過ごした、伝説の世代です。笑
ラッキー7のつくこの年は、どんな出来事があったのかを簡単に調べてみました。
阪神・淡路大震災や、地下鉄サリン事件などの衝撃的な災害や事件があったり
Windows 95が発売されたり、PHS(ピッチ)がサービスを開始するなど、現代に欠かせないインターネットやスマホの原点となるものが始まった年でもあるそうです。(“枕元のPHS 鳴るの待ってる バカみたいじゃない” - 宇多田ヒカル Movin' on without you)
街に溢れるコギャル達が、ヘソ出しルックに身を包み、たれぱんだを愛好する。
そんな年が、私が生まれた年のようです。
ちなみに、同い年の有名人はkemioさんとりゅうちぇるさん。キャラが濃いwww
知っているようで知らなかった、そんなことがほとんどでした。まぁそりゃそうですよね。笑
ハタチを越えた辺りから、自分にとっての当たり前が懐かしいに変わってきているのに気がついたのですが…思っていたより、この感覚は心地よいものですね。
おジャ魔女どれみちゃん、シンデレラ、ミニモニ。の加護ちゃん(今はオタクなので、ちゃんと“あいぼん”と呼んでいます)がヒロインだった幼稚園。当時は超絶肥満児で、トイザらスで買ってもらったシンデレラのドレスが入らず、お母さんに手直しをしてもらって着ていました。今、やっと笑い話に出来ます。
アニメを見たら歯を磨いて寝るのルーティーンを脱して、みんなと一緒にオレンジレンジや大塚愛、YUIを聴き始めた小学校。生意気に、中学生向け雑誌の“nicola(ニコラ)”に手を出して、岡本玲ちゃんや三原勇希ちゃんに憧れていました。
AKB48全盛期だった時期に、密かにハロプロを愛し始めた中学校。Zipper読者になったことをキッカケに、週末一人で原宿に行って、雑誌に載ってる古着屋さんを巡ったっけ。どれもこれもお小遣いではやっぱり買えなくて、WEGOやKINJIで似てるものを探したり。ショップ店員をしている読モさんに必死に会いに行っていました。
入学式直前に起きた東日本大震災で、自分にとって何が大切なのかを考え直した高校。自分が興味関心のある分野を、大学に行ってもっと極めたいと強く思って、眠い目を擦りながら必死に勉強をしていました。朝ご飯を食べながら“あまちゃん”を見るのが、当時の数少ない息抜き。笑
10代の頃の思い出を書き出してみても、これだけの思い出が詰まっていました。何気な〜く過ごしてきた、見逃してきたこともある23年でしたが、
こうやって見返すと、その時代その時代の流行りがあって、ヒロインやヒーローがいて、様々な災害や事件があって。
なんか、生きているんだなぁ。生きてきたんだなぁ、と思います。
自分では何も変わっていないようなつもりだったけど、確実に心の変化が起きているんですよね。
不思議ですね…ず〜っと子どものような大人のような気持ちで生きてきたけど、誰の人生にもドラマってあるんだなぁと思います。
自分に自信がなかった時もあったし、そんな中でも嬉しいことも楽しいことも、自分なりに沢山あって。
急に重い話になるんですけど、生きてきて良かったなぁ、生かしてもらえて良かったなぁ、なんて思います。
平成から令和に。呼び方が変わるだけ。
そう思ってます。思ってますけど。
なんか、少し寂しいのは何故なんでしょう。
でもこの寂しさを味わえるのは、平成を一生懸命生きてこれたからなのかなぁ。
そんな前向きな気持ちを旨に、令和も必死に生き延びようと思います!!!!押忍!(急に雑)
あ、仕事割と順調です!