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鬱と音楽 薬になる音楽とは? 鬱を防ぐウエダアオイさんについて語りたい

2024年も仕事納め、12月28日から休みと思ったら買い物の車出しと昼食夕食の準備片付け、休み時間は風邪気味と刺すような胃痛で寝るしかない!そして大急ぎの年賀状…ということで何の楽しみも無くもう早くも大晦日になってしまいました。年始から激務なのにもう嫌だと言っても仕方ないのですが。

そんな哀しみの大晦日に嬉しいお届け、ずっとYouTubeにだけ上がっていたウエダアオイさんの4曲がサブスク解禁です。
うぉーあいにー、しんじゅく、知らんぷり、くちびる
全部良い曲で、YouTubeで聴くより色んなシーンで聴きやすくなって嬉しいですね。

鬱っぽい人生
年末からネガティブ全開ですが、元々子供の頃から悲観的なので中学生の頃には先生からデカダンス(décadence)=廃退主義という渾名をつけられたほどでした。学校の先生から見てそう思うほどの言動って…かなり厨二病こじらせ過ぎだったのかも知れません。
そして社会人になってから仕事に打ち込みましたが、氷河期世代の就職当時はかなりブラックな労働環境でした。サポートや手助けアドバイスもなく顧客との板挟みや休日の電話対応等々。遂に鬱っぽい症状が身に降り掛かって来ましたが、当時の職場環境では鬱か何かの診断を受けたら不利な状況からの閑職か退職かの2択という道筋しか見えず、我慢して働き続け、自然治癒と再発の繰り返しでした。仕事が原因でも結婚生活でのストレス由来でも男性更年期でも趣味の不自由キッカケでも何でも鬱っぽい症状が出ました。

具体的な症状
病院で診断も受けていないので鬱病だったのか適応障害なのか、単なる思い込みで病気でも何でも無い単なる自称鬱だったのか分かりませんが、どんな症状だったのか具体的に書いてみます(あくまでも個人の感想です)。

・趣味への関心が無くなる。興味を持って楽しめる感情を失う。見えてる景色がモノクロに感じる。
・とにかくしんどい。寝つきが悪くなったり逆に朝全然起きれなくなったり。
・深い考察が出来なくなる。単純作業以上の仕事のクオリティが著しく低下する。
・希死念慮が強く出る。とにかくタヒにたいという思いに支配される。早く人生を終えたいと考えてしまう。
とにかく症状が出てる間は辛かったです。気晴らしも何もそもそも趣味が楽しくなくなってるし、結婚生活を送る上では酒に逃れる事も出来ない家庭環境だったし鬱っぽい間はそんなに飲みたくも無かったですね。病院で治療も診断も受けていないのでとにかく寝る、月日が過ぎて自然に戻るのを待つしか無かったのでした。多分精神的内面的な理由だけというより脳神経の働きなによる変化だったろうと感じるぐらいの劇的な状態変化だったので、たぶん鬱じゃないかと自覚しつつ病院に行ってないので「鬱っぽい」ということです。特にガラッと色が無くなる瞬間と希死念慮の二つが辛かったですね。

鬱っぽい時に音楽ってどうなの?
話は飛びますが、この秋に読んだ角幡唯介さんの「極夜行」は良かったです。犬橇で極夜を旅する、夜の世界での一人と犬一匹の世界。その状態では旅を続ける上で月や星が大事な存在であり、もちろん犬も居なければ旅が続けられなかったとも語られています。
鬱っぽい状態は極夜の世界に似ていて、暗い中での孤独な旅に置き換えて考えられます。結婚しているけど僕にとっては奥さんは原因の一つでもありこっちの世界に巻き込まないようにしている存在で、鬱旅のパートナーではないので一旦除外して考えています。

鬱旅の中では楽しみの為に音楽を聴くというより、辛さを薄めたり旅を終わらせる為の道標だったりするのではないかという、縋りついてしまう存在です。そう、宗教みたいなものになります。
三十年以上のファンである遊佐さんは鬱の時でも聴ける心の支えと言えます。どんな辛いとき、何もかも嫌なときでも聴けます。

しかし、その存在はまさに月や星のような超然とした存在です。月明かりを頼りに鬱旅を続けられるのですが、抜け出す方向に働くものではなく、ふつうの生活から鬱っぽい世界に入り込む時にも只々変わらず空で輝く不変の存在だったりします。
次に去年の春から音楽の趣味を取り戻してくれた存在であり、辛い人生負けてる人生の再起に寄り添う存在を標榜しているバンド、「toybee」について考えます。

鬱旅の辛さを和らげてくれる曲の数々は非常良いです。Xでもファンの友人が増え、本人もバンド解散から再起を図る姿は見ていきたいのですが、

YouTube活動も友人達の多さも、ライブに行けない我が身の辛さが逆に鬱スイッチになることが有るので、去年の秋から一歩引いて見続けている状態です。去年の末頃はホント辛かったので…。鬱っぽい時は楽しい動画配信も観れませんしね。とみといびー(冨塚大地さん)御本人も無言のファンの存在、ライブ行けないけど応援の波動だけ送ってる存在(ハドラー)への感謝を述べられてるので末席ながらファンは続けられています。極夜行の旅に置き換えると犬ゾリのような存在じゃないかと思います。寄り添ってくれる旅のパートナーかも知れません。

ウエダアオイさん登場
長々と書いてきてタイトルのウエダアオイさんが登場しない詐欺状態になっていますが、これから語りたいと思います。
なんと昨年末にウエダアオイさんを聴き始めてから鬱っぽい世界の旅が始まらなくなったのです!本気で凄くないですか?二十年以上しんどい思いをしてきた僕にとって大きな出来事です。
※ 公式ライン新しくなりました

ウエダアオイさんのモットーとして「辛い時しんどい時に寄り添える音楽」が語られています。応援されるとか、上昇浮上させてくれるんじゃなくて、辛い時、落ちてる時に横に立っている歌っている存在としての歌を発信されています。配信では見知った少数のファンがいる状態で、もっと増えて欲しいところです。
おや?それだとtoybeeの時と同様にライブ行きたいのに行けないのが辛すぎて鬱になるのでは…?と思うのですが、ライブに絶対来て欲しいと言われながらも「生活を崩すほど無理しないで」と言われるところが免罪符になるからか、鬱っぽい世界への扉は開きません。御本人の「無理のない範囲でファン活動して」「色んな事情で来れてない人もホントは来て欲しいけど生活大事に」「ライブに来て欲しいのが一番やけど、配信に来てくれるとか、応援動画作ってくれるとか、noteで感想書いてくれるとか、色んな形の応援が、有り難い」というメッセージが滅茶苦茶助かります。
仕事の上で、クレーム対応の一番大事な事って何だと思いますか?謝罪でしょうか?原因究明、問題解決?お詫びの品?それらも必要かも知れませんが、一番大事なことは「話を聞く」。ただそれだけで絶大な効果があります。対策として何々をどうこうしますとか、どうだったとか改善を告げたり言い訳したり、お詫びの品を弁償しますとか出来なくても、話をよく聞くだけで「分かってくれた」と満足されることが多かったりします。
ウエダアオイさんの歌詞もハードな恋愛事情や人生観など色々と50歳近いオッサンには共感出来る内容ばかりではないし、他の歌手を聴いてたら嫉妬される面倒くささもあったりするんですが(苦笑)、上手くいかない境遇の苦しさを分かってくれる存在と感じているからこその魅力が有るんじゃないかと感じます。本当に本音で生きてるシンガーソングライターだし、面倒くさい部分はうちの奥さんの対応で慣れてるので大丈夫だし…ということで。
極夜行の旅に例えるとウエダアオイさんは何でしょうか?月や星でも犬ゾリでもなく、角幡さんが掟破りな存在として持参していた衛星電話なんじゃないかと思います。一人旅の浪漫なんて物を破壊する旅の安全や家族との繋がりを担保してくれる文明の利器です。そもそもが鬱っぽい世界を旅したくないので、抜け出せるのも寄り添ってくれるのも有難いですが、防いでくれるのが圧倒的に助かります。

フリーランスになってもワンマンライブも有って益々の活躍嬉しいですね。

最後に、ウエダアオイさんから本音でクレーム?注意してくれる事に「ライブ行けなくてすみませんとか言わんでエエねん」が有ります。これは本当に言つてしまいがちですけど、言っても良い事一つもないので皆さんも気をつけて下さいね。

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