『天使みたいな子のはなし』
書きかけのメモ
転がった鉛筆
積み重ねられた本
固まったカップ麺 浮かび上がった油分
飲みかけの水 浮かんだ藻
くすんだコカ・コーラ 蒸発した二酸化炭素
濃度を増したコーヒーはゴムの味
食い散らかしたパン屑 星屑 スターダスト
否
ゴミ屑たち
床を這う虫
懸命に食事を運ぶ
生きなくっちゃ
生きなくっちゃ
せっせ、せっせ
生きなくっちゃ
生きなくっちゃ
せっせ、せっせ
せっせ、せっせ
彼が部屋の状況に気づいたのは3月24日の21時4分27秒を過ぎたときである。彼は部屋を見渡し、良い眺めだな、そいえば最後に掃除したのはいつだっけ、わからないな、それよりあと少しだ、書きあげなくっちゃ。最近彼はひとりごとが多い。そういえばどれくらいの期間、人と会ってないんだろう、話すらしてないな。21日と3時間42秒である。突然電話が鳴った。突然?電話はいつだって突然である。何日ぶりに電話が鳴ったのだろう、否、鳴っていたが彼の方が気づいていないだけであった。
ring ring ring
ring ring ring
彼は電話に出ない。
ring ring ring
ring ring ring
彼は電話に出ない。
ring ring ding
ding ding ding
彼は電話に出なかった。
それから2時間17分40秒が過ぎた頃。
彼の手が痛みだした。腰は折れそうである。頭がかゆい。最近抜け毛が多くなってきた。目の奥が痛む。目の前の文字が霞む。口の中はパサついて鼻の奥に嫌な匂いが充満していた。
ぽたり。
またぽたり。
原稿用紙に赤い溜まりが出来た。
鼻血である。
彼は手で血を拭き取った。血は伸びただけであった。
遠くで電話が鳴った。
ding ding ding
ding ding ding
虫が床を這っていた。
生きなくっちゃ、生きなくっちゃ、
せっせ、せっせ
生きなくっちゃ、生きなくっちゃ、
せっせ、せっせ、
せっせ、せっせ、
窓辺に置かれた白い花が月に照らされていた。
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