理想の人【2000字のホラー】
今日、俺はプロポーズした。
彼女はまさに理想の人。俺のことを支えてくれる人に出会えた。
彼女は行きつけのカフェでバイトとして働いていて、そこで出会った。
動画を上げたり配信したりしている俺は、活動者『コウ』に近付いてくる人々に鬱々としていた。そんな中、俺のことを店長から聞いても、聞いたことあります、くらいの反応で目の色を変えない彼女が新鮮だったのかもしれない。
彼女は『コウ』ではなくちゃんと俺を見てくれる人だった。
仕事の悩みを話しても、大変なんだね、と言い、あまり深くは聞いてこなかった。
彼女とはいろんな話をした。もちろんすごく個人的な話も。意外と趣味が合ったり、博識なところもあって関心したりもした。
そんな中でも彼女が一番目を輝かせて聞いてくれたのは俺の将来の夢の話だ。
恥ずかしくて誰にも言えずにいた、デカい会場で単独ライブをやりたいという夢。彼女は、絶対行く!チケット取るね!と満面の笑みで言ってくれた。もし叶ったら一番見てほしい人だから招待するに決まっているのに。招待するから自分でチケット取らなくてもいいよ、と言うと彼女は恥ずかしそうに俯いた。
こんなに俺の夢を応援してくれるなんて、すごく嬉しかった。
彼女はプロポーズを快諾してくれた。
今まで配信が終わった後は寂しかった。配信中はたくさんの人から反応がもらえても、終わってしまえば結局は一人だから。
これからはいつでも彼女がそばにいてくれる。
あの笑顔が隣にいれば何も寂しくはない。
本当に理想の人だ。
コウくん。私の生きる意味。
初めて彼を見た時、体に衝撃が走ったのを覚えている。
運命だ、と思った。絶対にこの人と結婚するんだって、そう思った。
SNSを開く。やっぱあった、特定垢。
私はとりあえずコウくんの身辺を探ることにした。
とはいえ、コウくんもたまに「近所のラーメン屋が美味しくて〜」とか「近くにカフェができたんですよ」とか言ってるから別に他人に頼らなくても分かるんだけど、住所くらい。
家の間取りを全然見せてくれなかったから自信なかったけど、SNSと自分の特定からたぶんこのマンションかなという物件が見つかった。空きがあれば入居したかったけどなかった。
特定されると思って変な家具の置き方して隠してるつもりだろうけど、バレバレだ。そんな家具の置き方できるの、このマンションだけだよ。
さて、そうとなれば引っ越しの準備だ。コウくんのいるマンションは無理だったけど、そのすぐ近くにあるマンションには空きがあった。最寄駅は一緒だし上出来でしょ。
仕事を捨て、単身でコウくんの住むまちへ。コウくんがよく名前を出すカフェで働くことにした。雇用形態はなんでも、むしろアルバイトの方がいい。
店長がコウくんと仲が良くて、働き始めてすぐにコウくんに会えた。明らかにプライベートなんだろうな、オーラとか何もなかったけど私はすぐにコウくんだってわかった。
店長がコウくんに私を紹介した。「新しく入ったバイトなんだよ」って。
けど私はコウくんのことをあまり知らないフリをした。全然初めましてじゃないけど、初めまして〜とか言ってぺこりとお辞儀をした。
「あれ、君、知らないの?」
と店長。
はい、待ってました。何がですか?ととぼける私。言わなくていいっすよ、と笑うコウくん。あ、かわいい。
「ほら、コウって知らない?配信とかして人気者なんだよ。」
はい、これまた待ってました。
「コウ…?あっ、あ!聞いたことあります!」
とテキトーに反応する。『コウ』のこと知ってると冷めるもんね、けど全く知られてないのもプライドが許さないんじゃない?
なんかあまり知らなくてすみません、とか言って。そんな私を見て笑うコウくん。かわいい。
コウくんと知り合えたはいいけれど、私はプライベートのコウくんをちゃんと知ってるわけじゃないから、ここからどうするかはかなり賭けだったな。
徐々に距離を詰めた。『コウ』だから近付いてきた女だと悟られないように少しずつ。
だけどコウくんの好きなものは知ってるから、たまにコウくんが興味をひきそうな言葉を漏らすようにした。
その度にコウくんは目を丸くして、そんなこと知ってるの?とか、俺もそれ好きなんだよね、とか言ってた。
そっからは、普通の恋愛みたいな感じで進んでいった。時間はかかったけれど、まあこんなもんでしょ。
小さい頃の話とか、家族の話とかも聞いたけれど、別に興味はなかった。私が好きなのはコウくんだし。
ただ本当はこんなことがやりたい、とかそういう将来の夢みたいなのは聞いてて楽しかった。
コウくんはいつか大きい会場で単独でイベントがしたいらしい。思わず、絶対行く!チケット取るね!と答えてしまった。コウくんは、招待するから自分でチケット取らなくてもいいよ、と笑っていた。視聴者なのがバレるかと思って俯いてしまったけど大丈夫そう。
そして今日、コウくんは私にプロポーズしてくれた。
もちろん返事はOK。これで私の人生最大のミッションも終わった。
もう何もいらないな。
ああ、コウくん。本当に理想の人だよ。
私と結婚したこと以外は。
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