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喫茶店百景-オニキスのカレッジリング-

 常連さんのなかにはおしゃれな人も多かった。父自身、スタイルというものを気にする性格で、好むスタイルは一貫していた。だらしない恰好がきらいで、学生時代ごろからのアイヴィールック、トラッド・スタイルといったあたりを今も続けている。

 母と結婚する前の話。
 映画に行く約束で待合せる予定の日、母は時間通りに待合せ場所に行った。なのにいくら待っても父が来ない。3時間ほど待って(すごい)もう帰ろうかという頃に現れた父の、遅れた理由に母は呆れた。

——出がけに靴の汚れとったけん、磨きよった(方言)。

 よれよれの靴は許せないらしい。それにしても3時間である。私だったら帰る。

*

 まだ私が小さいころに店でアルバイトをしてくれたというSNさんは、とてもおしゃれなおじさんだ。SNさんがアルバイトに来ていたのは私が保育園ごろなので、そのころの記憶はない。ただ父が店を閉めるまでコーヒーを飲みに来てくれていて、顔見知りになった。SNさんはいつ会っても、服装も小物もどこにも気を抜いたところがなかった。景気のいいころは、主に高級ブランドを扱う服のセレクトショップのオーナーをしていたこともあるという。
 SNさんはうちの両親より年下、髪の毛のボリュームはあるけどもうずいぶん全体が白くなっていた。
 ある日、父がSNさんを見て「SN、わい(方言)えらい今日髪の光っとらんや?」と言った。なに寝ぼけたこと言ってるんだろうとおもったら、SNさんが答えたのには「あ、気づきました? 美容師に勧められたシルバーワックスば塗っとるとですよ」ということだった。シルバーワックス… 私はこの時まで、グレイヘアをおしゃれに見せるシルバーワックスの存在を知らなかった。気づいた父もすごい。

 父の同級生であるK氏だってとてもおしゃれだ。
 まだ現役で働いておられて、先日また久しぶりに道でばったり会った。ブルックスブラザーズの刺繡のついた白いシャツを、ジャストサイズで着こなしていた。痩せ形でおしゃれな人というのはいい。

 アイヴィールックやトラッド・スタイルだけが特別おしゃれだとか、好きだということでもないけれど、やはり変わらない良さがあるとおもうし、類は友を呼ぶというか父の周りにはまあわりと多かった。

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古いMEN’S CLUB(SNさんが持ってきた)

 母も昔はそういったスタイルを好んでいたみたいで、昔の写真を見ると巻きスカートにローファーを合わせるなどしていた。服装よりも私が思い出すのは母の指輪だった。大きなオニキスのついた、カレッジリングをはめていた。
 ふたりとも結婚指輪はしていなくて、母はずっとこのカレッジリングだけをいつもつけていて、私はその指輪をした母が好きだった。黒い石というのがかっこよかったのだ。高価なものではなく、シルバーの台で母もどこで買ったのか忘れたと言った。
 店をやめて(つまり離婚して)からの勤め先では、アクセサリーは着けられないなどで、着けるのをやめてしまった。母はまめな性格ではないから仕事以外で着けることもなくなり、私の記憶からも消えていった。
 先日電車の隣りあわせになった女性がオニキスの指輪を着けているのを見て、母のあの指輪を思い出した。

 懐かしかった。


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