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外海にド・ロ神父というひとがいた

 ここ数年、外海(そとめ)という地域と縁がありたびたび出かけている。角力灘を挟んで五島列島と向い合せの位置となっている。

 最初に日本にキリスト教が伝来した1549年以来、このあたりでは1571年にイエズス会の宣教師によりさかんに宣教活動がおこなわれた。禁教や迫害を経て1854年の開国後、パリ外国宣教会のド・ロ神父により1882年に出津教会が建設され、その後信徒が増えたため1893年には大野教会を建設。この地ではド・ロ神父さまは偉大であり、いまだに尊敬と親しみを持たれているととてもよく感じる。

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 外海地区は禁教時期の潜伏キリシタンによる信仰についても知られている。禁教が解けたあとは、カトリックへの復帰者とそのままの信仰を継続する者とに分かれた。

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 ところでド・ロ神父という人には人としての深さというか、生きていくための知恵や行動力などとにかく感銘する。フランスのノルマンディー地方ヴォスロール村に生まれたド・ロ神父は、神学校を卒業しパリ外国宣教会への入会後、1868年に来日している。1879年に外海地区の主任司祭として赴任するまでは横浜や大浦でいくつかの建設・建築事業や印刷業務に従事した。外海地区では、私財を投じて授産場・マカロニ工場・イワシ網工場を建設し女性たちの自立を支援するなどした。

 また、土木建築や農業・医療など様々な分野に精通しており、県道整備や土地の開墾、救護活動などにも貢献している。赴任後は一度も母国フランスに帰ることなく、1914年に亡くなってからは出津川のそばにある野道の共同墓地に眠っている。

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 ド・ロ神父の命日(11月7日)には毎年ミサがおこなわれる。亡くなってから100年以上が経つが、毎年ド・ロ神父に意識をむけるのだ。よく考えてみたらすごいことだとおもう。

ド・ロ神父

 片岡弥吉氏による「ある明治の福祉像-ド・ロ神父の生涯」は長く絶版になっていたが、昨年(2019年)11月に「ド・ロ神父 世界遺産 出津の福祉像(片岡弥吉全集 別冊)」として出版されたので興味のある方は読んでみてほしい。

 ド・ロ神父のことばかり書いたが、この土地はもちろんそればかりではない。訪ねるたびにいろいろとおもう場所である。ここで出会った方々はわたしにたくさんのことを教えてくれる。いつも、心をこめて接してくれる。

 わたしが無事に生きているのはこの人たちのおかげだろうな、とおもっている。

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