【医学綱目読み】巻之二十八・腎膀胱部 腰痛 その1
こんにちは。
今日も古典に触れようのコーナーです。
今日は『医学綱目』所載の腰痛について見てみたいと思います。
❖腰痛
東洋医学では、腎蔵と腰とは深い関係があると考えてきました。
したがって、腎蔵が弱れば腰に影響が及びます。反対に、腰が冷えたりすれば腎蔵に影響が及ぶと考えられてきました。
これを端的に『腰者腎之府(こしはじんのふ)』と表現してきました。
府には「集まる」や財宝など「大切なものをしまう」という意味があります。
したがって、腰には腎の気が集まっていると解釈されてきたようです。
1.大法
大法(だいほう)には、「誰もが認める公の法」という意味があります。したがって本項では、腰痛の治療について基本となる考えを示しています。
また他の意味としては「大ざっぱなさま」とあることから、治療の大枠という解釈もできます。
ふむふむ。
垣は、金言四大家の一人である李東垣先生ですね。
王冰が天宝9年(750年)から宝応元年(762年)の十二年間をかけて補注した『黄帝内経素問』に編入された運気七篇の中の一篇、「六元正紀大論」が筆頭を飾っています。
「太陽所至為腰痛」(太陽の経絡がめぐる所に腰痛が起ります。 by杜凰訳)。
そして「巨陽,即太陽也,虛則頭項腰背痛」(巨陽と称されるものはつまり太陽の経絡です。太陽の経絡のめぐりが悪くなると頭痛がしたり、項が痛くなったり、腰や背中が痛くなります。 by杜凰訳)と書かれています。
なぜならば「足太陽膀胱之脈所過,還出別下項~云々~」と、足太陽膀胱の経絡が頭や項や腰や背中をめぐるからですよと、言っています。
そして実際に痛みが生じる時には「是經氣虛則邪客之,痛病生矣」(太陽の経絡を流れているエネルギーである気血が少なくなって、経絡が衰えてしまいます(経気虚)。そこに寒さや風にあたる寒冷刺激などのストレス(邪)が加わると、だだでさえ弱っている気血のめぐりが輪をかけて悪くなります。そうなると痛みの症状を発生しますよ。 by杜凰訳)と言っていますね。
つまり、もともとの生命体としてのエネルギーが弱くなることに加えて、さらに外的刺激(気温・湿度・気圧)あるいは内的刺激(飲食物の寒温・五味)などの何らかのストレス負荷が加わると発症する。
前者を精気の虚といい、後者は邪気の実といいいます。両者を合わせて病気の原理(病理)を端的に邪実精虚(じゃじつせいきょ)と表現します。
虚と実のどちらが症状の主となっているか、そして邪気の性質はどのようなものかを判断することが大切なんだ、と説いています。
1-1.大抵寒濕多而風熱少
先ほどの、邪気の実について述べていますね。
まずは邪気の種類について「夫邪者,是風熱濕燥寒皆能為病」(人体にストレス負荷を与えるストレッサー(邪気)の種類には、風邪、熱邪、湿邪、燥邪、寒邪などがあります。 by杜凰訳)と、5つの種類があると言われています。
その上で「大抵寒濕多而風熱少」(だがしかし腰痛の発症には大抵、陰の邪気に分類される寒邪と湿邪が多く、陽の邪気に分類される風邪と熱邪は少ない傾向にあります。 by杜凰訳)と言っています。
人体の上下を陰陽で分けた場合は、上半身は陽で下半身は陰と規定します。
したがって、陽の邪気である風邪と熱邪は人体上部から侵襲する傾向にあり、陰の邪気である寒邪と湿邪は人体下部から侵襲する傾向があると考えられています。
また、陽の邪気である風邪と熱邪はその性質から熱性の症状を呈する傾向にあり、陰の邪気である寒邪と湿邪は冷性の症状を呈する傾向があるとも考えられてきました。
1-2.寒熱腰痛皆從腎虚
今度は、精気の虚について述べられていますね。
もともとの生命体としてのエネルギーが弱くなった精気の虚、そしてその弱り方が陽の不足した場合と陰の不足した場合の2つの側面について述べられています。
・腎の陽気が不足した場合
「然有房室勞傷腎虛腰痛者,是陽氣虛弱不能運動故也」(過度のセックスによって腎の蔵を弱めて腰痛になった方というのは、身体を温める生理的な温かさが弱まったために(陽氣虛弱)、身体の自由が利かなくなった状態であると解釈します(不能運動) By杜凰)。
「經云:腰者腎之府,轉搖不能,腎將敗矣」(原典中の原典である『黄帝内経素問霊枢』の中では(経云)、腰は腎の府であると考えているので、運動の要である腰すなわち腎が弱ってしまい、転んでしまったり身体が揺らいだりしてしまい、身体が思うように動かない事態に陥った場合には、腎が弱まってしまった状態だと考えます。 By杜凰)
そして「宜腎氣丸、茴香丸之類,以補陽之不足也」(このような状況には、腎気丸や茴香丸などの、身体を温めて陽の気の不足を補ってくれる薬を用いると宜しいようです。 By杜凰)と述べています。
・腎の陰気が不足した場合
「膏粱之人,久服湯藥,醉以入房,損其真氣,則腎氣熱」(当時、あまり運動もせず栄養価の高い食事を摂っている身分の高い方々(膏粱之人)は、長らく薬を飲んでおり、なおかつお酒を飲んでからセックスをするので、身体を養う腎の精気(真気)を損なうために、腎の陰陽のバランスが乱れてて腎の気が熱を持ちます。 By杜凰)
「腎氣熱則腰脊痛而不能舉,久則髓減骨枯,發為骨痿」(腎の気が熱を持つと腰や背中が痛んでなおかつ勃起しなくなります。これは久しく髄が減り骨が枯れたために、骨痿という病気を発症したためになります。 By杜凰)
そして「宜六味地黃丸、滋腎丸、封髓丹之類,以補陰之不足也」(このような状況には、六味地黃丸や滋腎丸や封髓丹などの、身体の陰の気(精気)を増やして陽の気の沸騰を冷ましてくれる薬を用いると宜しいようです。 By杜凰)と述べています。
❋膏粱(こうりょう)
① 脂ののった肉とよい穀物。転じて、おいしい食べ物。
② 身分の高いこと。また、そのような人や家柄。
当時は身分の高い方々は、栄養価の高いものを日常的に食べていたため、現代でいう高脂血症や糖尿病のような慢性炎症を伴なう生活習慣病になることが多かったため、このような記載が残されている。
1-3.治療方法
冷えの腰痛と熱の腰痛の治療について書かれていますね。
「《靈樞》云:腰痛上寒,取足太陰陽明,上熱,取足厥陰,不可俯仰,取足少陽。」(『黄帝内経霊枢』という鍼治療の書物では、腰痛で冷えがある場合には足太陰脾経と足陽明胃経を、熱がある場合には足厥陰肝経を、うつ伏せになったり仰向けになれない場合には、足少陽胆経を選経取穴するようにしましょう By杜凰)と述べられています。
そして大法に引用される李東垣は「蓋」(これを見て私はこのように考えるのだが)と前置きした上で、
「足之三陽,從頭走足,足之三陰,從足走腹」(足の三陽の経脈である胃・胆・膀胱の経脈は頭から足に向かって走行します。足の三陰の経脈である脾・肝・腎の経脈は足からお腹に向かって走行します。)と経脈の走行について前提条件を明示します。
そして「經所過處,皆能為痛,治之者當審其何經所過分野,循其空穴而刺之,審何寒熱而藥之」(経脈のめぐる所は、全て痛むことがあります。痛みを治療しようとした場合には、痛みの場所をめぐる経絡はどれなのかを判断して関連する経絡のツボに鍼を刺し、寒熱の治療は冷え由来か熱由来かを判断してそれに合わせた漢方薬を使いなさい。 By杜凰)と述べています。
具体例として「假令足太陽令人腰痛,引項脊尻背如重狀,刺其中、太陽二經出血」(例えば、足太陽膀胱経の変調によって腰を痛めた場合には、項・背中・お尻などが突っ張って重い感じがあります。その時には、両足の膝の裏にある委中穴(其中・太陽二経)を刺して出血させる。 By杜凰)を挙げた上で、「餘皆仿此」(他の経脈も皆なこのような治療の流れを真似たらと良い。 By杜凰)と述べています。
しかしながら「彼執一方治諸腰痛者,固不通矣」(この鍼治療の一面だけで、色々な腰痛に対応することはできないよ。 By杜凰)と述べ、漢方治療の処方の話に進みます。
2.まとめ
2-1.腎蔵と足太陽膀胱経脈
腰は、一つめに蔵府として「腎の府」であるという関係と、二つめに経絡として足太陽膀胱経脈の走行上に位置しているという関係から、腎・膀胱との関りが深い。
2-2.ほとんどは冷えて痛む
腰痛が起る要因のほとんどは、腎蔵や足太陽膀胱経脈が弱った上に、冷えや湿気が乗じることによって起こると考えられてきた。
2-3.腎陽虚(冷え)と腎陰虚(ほてり)
これがほとんどの腰痛の要因であるが、時に腎精(陰気)が損耗することによって起こる熱の腰痛もあるので、この辺りの鑑別が肝要である。
2-4.治療の原則
痛むの場所と経脈の走行分野の関係を理解する。寒熱の治療には漢方薬をつかってみよう。