フォロワーのなりすましに騙された件
『20時に串焼きの居酒屋予約した!入口分かりにくい店だからハチ公前に集合で。』
【了解!ハチ公前は人多いと思うから、踊り狂って見つかりやすくするね】
たいして絡んだこともないフォロワーとオフ会の予定をサクッと決め込んだ。声も顔も本名も知らない、だけど間違いなく存在している誰か。三連休の中日を有意義なものにしたかったし、自分のことを知らない人と話してみたかった。たまには親しい友人に甘えず、他人と新規のコミュニケーションをとらなくては、今後一生新しく人間関係が築けなくなるような焦燥感に駆られる瞬間がある。
最近渋谷に爆誕した教会をコンセプトにしたバーに行きたいと口実を作って、DMを飛ばしてみたらとんとん拍子にことが進んでオフ会の手はずが整った。手はずと言っても、居酒屋を予約してもらったので、私はただ集合時間に集合場所に行くだけなのだが。
1回の青信号で1,000人が行き交うとされるスクランブル交差点は今日も手前勝手な人間を青と赤だけで制御している。蔓延防止措置の甲斐もなく、ハチ公前には春めいた服装の若者であふれていた。厚いダウンジャケットで家を出た自分を恨みながらも、言い聞かせる。夜中になるときっと丁度良い体感になるはず。
集合時間前にきっちり到着できる自分の社会性を自画自賛して、相手にDMを送る。
【着いた!この人混みから見つけるの無理あるwww】19:49
『横断歩道渡ったら俺も着く!』19:49
【人多すぎるから、私のいる所からハチ公を見上げる角度の写真送るわw】19:49
この角度手法を使えば、ハチ公前というだだっ広い空間からトリミングされた自分の位置を共有できる。写真を送ってしまえば、あちらから声を掛けてもらえるから人違いをせずに済むと一安心して、タイムラインを意味もなく眺める。猫背に丸まった私のスマホ越しに小さな靴が二足並んだ。
「ごめん、待たせた!!」
チェックのチェスターコートに身を包んだ小柄な男性がいた。センターパートの黒髪に真っ白な肌が特徴的な彼は、こちらに手を伸ばしバッグを持ってくれて、人混みに飲まれて仕舞わないようにやや前を歩いてくれた。
なんだ全然良い奴そうじゃん。反社みたいな怖い人じゃなくて良かった。
「待たせたね、そういや昼間何してたの?」
「ネトフリで呪術見てた」
「俺も呪術見てる!けどキャラの名前がいまいち覚えられないんだよね」
「まじ?鬼滅のキャラもそうだけど読めない漢字のキャラ多すぎ問題な!私も曖昧にしか覚えてないキャラいる。ってか逆に昼何してたの?」
「俺はさっきまで友達とシーシャ吸ってた」
「ああそうだったね、ツイートしてたね!写真見たよ、こんなかわいいシーシャ屋知らない。なんていう店なの?渋谷?」
「渋谷だよ、店舗名忘れちゃった。チルなんとか?だっけかな――――――――――――段差気をつけて、こっちだよ」
紳士な彼は道玄坂にはびこる有象無象の障害から歩きやすい導線を開いてくれた。既に酔っぱらったサラリーマン、胡散臭い金で買ったようなキンピカに光るJeep、居酒屋のキャッチからかばうように坂を登って行った。
串焼きに胸躍らせてお腹を空かせて来た私は連れられるがままに坂を登り、少し前を歩く彼の夜風になびくチェスターコートを追いかけた。
「ここだよ」
連れて行かれた串焼きの居酒屋は、ピンクのライトが騒がしく光っている割に無人だった。美味しそうな焼き鳥のにおいなんて一切しなくて、ただただリネンの冷たい匂いが漂っていた。
メニュー表には、たった2つしか選択肢が無い。モニターには【休憩】【宿泊】の文字が並んでこちらの様子をうかがっている。頭が真っ白になった。
「え?串焼き食べるんじゃないの?予約してくれたって言ってたじゃん」
「そんなこと言ってないよ。俺そのTwitterの人じゃないし」
は?いよいよわけがわからなくなった。このひとはフォロワーじゃない?じゃああなたはだれなの?
「俺はナンパした気でいただけだよ。ヤりたいからホテル来た。わかる?なんか話嚙み合ってたしネタバレするのも勿体ないと思ってw」
距離感と温度感が一気に変わった。理解が追い付かない。表情筋はもはや動かなかった。この人は誰でもない、他人。ハチ公前でたまたま目が合って、話しかけてきただけの人だ。本名も年齢も何も知らない人。さっきまで他人で、これからも他人でいるはずの人。
さっきまで軽快に道玄坂を登っていた脚が地面に縛り付けられた様に動かない。状況を整理しようとする度、こめかみを流れる血液が音を立てている。息が詰まる。
好青年に見えた彼が一変、下卑た化物にしか見えなくなった。上手く言いくるめてホテルに入ったとて、どう言い訳するつもりだったんだろう。あるいは、言い訳なんて行為は真人間だけが行える神聖なものであり、純粋な悪人の辞書には載っていないんだろうか。
ダウンジャケットのポケットの奥底に沈み混んだスマホを見ると、集合場所で一人待つフォロワーから連絡が来ていた。
【どこ??見つからないからLINEして】19:52
現在時刻20:00。
「そのフォロワーに会いに行くの?」軽薄な化物が何か喋っている。
「顔も名前も知らないフォロワーと、俺と、ほぼほぼ一緒じゃん?ただの他人でしょ?」まくし立ててくる。
ほぼほぼ一緒なのだ。彼の言っていることは間違っていない。だから何も言い返せない。会うつもりだったフォロワーの本名も顔も声も知らない。面前にいる彼の方がよほど現実味を帯びている。
「でもそのフォロワーも待ってくれてるっぽいから、行ってきな」急に紳士モードに切り替えたようだ。
狐につままれたような顔を引っ提げて、ただただ道玄坂を下ってハチ公前で待つフォロワーに会いに行く。ホンモノのフォロワーに会いに行く。
ハチ公前でスマホをいじくるフォロワーに狙いを定めて、「さて、あなたはホンモノでしょうか?」