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孫を待ち構える

「間隔調整のため3分ほど遅れて運転しております。お急ぎのところ申し訳ありません」
 絶対に申し訳ないなんて思っていない。定型のアナウンスが流れる。3分くらいでいちいち謝らんでいいし、おれは急いでいない。なぜ誰もが急いでいると思いたいのか。おまえらが分散乗車だのオフピークだのと言うから業務開始の1時間前を目指して通勤しているよ。東京の2階建て電車はどうなった。きっかけはコロナだったけれど、やっぱり空いてる電車っていいよね。
 日本の電車は静かで素晴らしいと外国の方々が仰るが、頭の中はお喋りで、些細なことで愚痴を漏らす。いや、漏らしはしない。
 そんな些細なことを気にしている場合ではなくなってきた。我が愛息が既に自分の子供二人分の名前を考えていると言うのだ。まったくもって毛穴が開く。しげるとのり子を迎え入れて、セカイについて語り合うのは20年先のことになるだろう。それでも最近では1年があっという間に過ぎていく。嗚呼と10回も嘆いたらその日がやってくる。なぜだろう。しげるの笑顔が見えてこない。のり子が蚊の鳴くような声で訴えてくる。
「おなかがへったよ」
 ガリガリに瘦せ細ったしげる。
「あついよ」
 顔を赤くしたのり子。
 どうしたんだよ。おまえら孫だろう。長年悩まされてきた爺さんのリウマチがたちまち治っちまうんだろう。寝たきりだった婆さんが軽やかに飛び起きてしまうはずだろう。おまえたちのあっけらかんとした生命力が、おれたちを10も20も若返らせてくれるはずではなかったのか。
 孫は可愛い。孫は宝だ。
「死ぬ気がしなくなってきた」
 おれだってそう言いながら朗らかに逝きたい。
 戦場を水田に。沸騰した地球にそよ風を。広告に溢れる列車の扉が開き人々を押し出す。思考が中断され、ホームに入り乱れた人々を交わしながら、最短距離で総武線から山手線を目指す。立ちはだかる自動販売機。今日も矛盾を抱えながら経済活動に励むのだ。貧血にはココアがいい。愛息が言っていた。

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