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【イベントレポート】怪異研 全国怪異研究発表ツアーVol.12『怪古』in 兵庫 市立伊丹ミュージアム(旧岡田家酒蔵)
2025年1月4日(土)。怪談語りユニット〈怪異研〉のトークイベントが兵庫県伊丹市にある市立伊丹ミュージアム(旧岡田家酒蔵)で開催された。
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怪異研初の伊丹トークイベント、メンバー登壇シーンからサービスショット全開
イベントは定刻通りに始まり、会場上手から姿を見せた怪異研の4人は満席で埋まった客席からの大きな拍手で迎え入れられた。やつい氏を先頭に、それぞれが軽妙な挨拶とともに登壇するのだが、その登場シーンで会場内に笑いが起こる。
最後尾のはやせ氏が巨大な被り物を装着した状態で現れたのだ。
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一瞬、新しい呪物のお披露目だろうかとも思ったが、その巨大な面のフォルムには見覚えがある。怪異との遭遇やバトルを描いた人気漫画『ダンダダン』(龍幸伸:少年ジャンププラス連載)で登場した、〈呪物コレクターパヤセ〉が変身したときの姿だ。言わずもがなこのキャラクターは同氏が元になっている。仮面は怪異研の写真撮影を担当している井上嘉和氏がダンボールで制作したものであるらしい。登場の仕方一つとっても、観客を楽しませることに余念がないのは流石だ。
はやせ氏からお面の紹介があり、その流れから各々が簡単に自己紹介を済ませたあと、やつい氏を中心に軽妙なトークでイベントがスタートする。話題は兵庫県が出身地である田中俊行氏へ。
兵庫出身の田中俊行氏
田中氏が実体験を交えた地元トークで観客を楽しませ、底冷えする会場の温度を徐々に上げていく。そのトーク力は昨今、様々なメディアへの出演で多忙を極めつつも、確固たる人気を集めている田中氏だからこそのものだろう。ある種のユルさとコミカルさを内包した、良い意味で軽薄な同氏のスタイルは唯一無二だ。会場の温度が高まったころ、フリートークから怪談話への切り替えを一切感じさせず、シームレスに怪談へ移行する。怪談においても確かな語りで、伊丹に纏わるエピソードを語り、しっかりと観客の肝を冷やしてくれた。田中氏の語る怪談はクラシカルな趣を感じさせつつ、朴訥とした語り口調と相まって非常に聞き心地が良い。
怪談の舞台は海外へ。Apsu Shusei氏の纏うトーン
続いて、トークのバトンはApsu Shusei氏へと渡る。イベント会場であるこの場所にちなんで〈酒蔵〉に纏わる怪談を、との切り口で語りが始まる。同氏の得意とする海外を舞台にした怪談を聴かせてくれるのだが、特筆すべきはなんといっても「Apsu Shusei」という人間が纏う特異なトーンだ。
先ほど語った田中氏とは、まるで対を成すような深く静かな口調は、観客を濃い霧の中に誘うための催眠のようにも思える。聴き込むうちに、気づかないまま深い催眠状態に陥っているように感じてしまうのは、筆者だけではないだろう。
この日語られた怪談は、恐怖よりも不思議にフォーカスした内容で、それが同氏の持つ淡いトーンと非常にマッチし、会場全体を掌握していた。
やついいちろう氏が持つ高い安定感
三番手はやついいちろう氏。
筆者は怪異研のトークイベントを観覧するのは初めてで、同氏の怪談を聴くことも今回が初だ。他の三名は良く怪談イベントで一緒に登壇させてもらうこともあり、それなりに知っているわけだが、やつい氏に関しては怪談においての事前情報がゼロに等しい。それゆえ、どんな語りでどんな怪談を聴かせてもらえるのか非常に楽しみにしていた。
といっても開演からの印象で、すでに筆者の中で同氏へのイメージ像は大きく変わっていた。筆者の勝手な想像ではあったが、他の三名の誰かが司会進行を行うと踏んでいた。しかし意外にも蓋を開けてみれば、やつい氏が全体をコントロールしながら、各メンバーへの話題を振り、田中氏をフォローし、ツッコんでいた。この日の怪異研のイニシアチブはやつい氏が握っていたように思う。
Apsu氏いわく、怪異研は全員が進行役が担えるとのこと。これはメンバーそれぞれのキャリアと高い技量ゆえだろう。怪談についても奥様(松嶋初音さん)の体験談を鮮度の高いまま観客に届けるというスタイルで、内容も非常に恐ろしいエピソードに感じた。
松嶋さんとは筆者も面識はあるが、飄々とした彼女の口調がやつい氏によって脳内で再現され、この日一番の恐怖度を叩き出した。
プレゼン形式レポートスタイル。はやせ氏が届ける上質なエンタメ
最後に語るのは、はやせやすひろ氏。
人気オカルトユニット「都市ボーイズ」として活躍している同氏は他の三名と異なり、ステージ上のスクリーンを使っての映像で自身の取材内容を紹介する、というプレゼン形式をとったものである。内容については口外不可であるためこの場で紹介できないが、映像による緊張感と、はやせ氏のトークスキルでまるで実際に取材に同行したかのような臨場感を味わえる。これもはやせ氏が人気を集める理由の一つだろう。
他では聞くことのできないような稀有なエピソードを、取材に基づいた資料を目にすることで上質なエンタメとして観客は楽しむことができる。筆者自身も同氏の取材内容を小説として連載させていただいているのだが(別冊文芸春秋オンライン)その取材内容の濃さにはいつも驚かされる。面白いものがあると聞けば、それがどこだろうが足を運ぶ同氏のバイタリティには頭が下がる。
まだはやせ氏のイベントを観たことがないという人がいるのであれば、ぜひ一度足を運んでみてほしい。きっとあなたの想像を超えるエンタメを楽しむことができるはずだ。
『怪異研』確かなキャリアに裏付けされた絶妙なバランス
四者四様。全く異なる色を持つ四人が集まったとき、ステージ上では何が起こるのだろうか。
その一つの答えが、今回のイベントで提示されたように思う。別々のフィールドで活躍していた四人が一つの集合体としてステージでトークを紡ぐ。そこにはお互いへの高い信頼感とリスペクトがあり、各々を尊重しながら流れをくみ取り、イベントを作り上げていく。『怪異研』というユニットはそういったある意味で奇跡的なバランスの上で成り立っているのだ。
今後も精力的に全国で活動を拡げていく『怪異研』に筆者も注目したい。