鬼事
「オレの夢の話を聞いてくれないか。その夢っつーのは、オレが出てくる夢なんだ。え? 自分の夢なら普通そうじゃないのかって? あー、そういう意味じゃない。説明がむずいな」
山吹嵐(やまぶきらん)としての自分の他に、嵐の姿をしたヤツ……というか『山吹嵐』そのものが出てくる。つまり、自分が二人いる。
「なんでかって? 知らねえよ。夢なんだからしょうがねえだろ」
格好はほとんど同じだが、シャツの柄や、ズボンのデザインはよく見たら色や形が微妙に違っている。
「他に誰がいたのかって? 誰もいねえよ。オレとオレ……わかりにくいな。自分と同じ顔のヤツを、そいつ呼ばわりするのはなんか気が引けんだけどしょうがねえか。オレと、ソイツしかいなかった」
場所はよく分からない。正直言うと、よく覚えてない。ただ、建物の中だった気がする。窓が大きいのか多量に日差しが外から入ってきて、中は逆に何も見えなかった。床は石造りだった事だけは覚えている。足音が大きく響いたから。長い長い、直線の廊下みたいなところ。
「そいつは、走るオレから逃げてた。……ああ、そうか。オレの立場から話したほうが分かりやすいか」
「オレはそいつを追いかけてた。なんで追いかけてたのかなんて、所詮夢の話だしよ、なんでだろうな。まあ、とにかくオレはソイツを追いかけてた」
ソイツは嵐から逃げていた。そりゃあもう、無我夢中で逃げていた。自分同士の追いかけっこだ。どちらが勝つかなんて、想像もつかなかった。何せ両方、山吹嵐なのだ。どちらが勝ってもおかしくないというか、むしろ勝敗が決まったらおかしいというか。
だが、運命というのは残酷だな。こういう時は大概、追いかけられている方に不運が訪れる。
そいつはいきなり躓き、転んだ。嵐はそいつに追いついた。ソイツは嵐の顔を見て、恐怖に駆られたように叫んだ。
「お前は何者なんだ? なんでオレの顔をしてんだよ!? オレを捕まえてどうする気だ!」
おかしなことを言いやがると嵐は思った。だって、自分の顔をそっくりなのは夢のソイツの方なのに。どうして夢を見ている自分が悪い風に言われなければいけないのだ!
嵐はその時、カッと訳の分からない激しい怒りに襲われて、両手でそいつの首を掴んだ。ギリギリと締め上げてやる。ソイツはしばらく抵抗していたが、やがて動かなくなった。
「死んだ……いや気絶したんだと思う」
それと同時にそいつの姿がパッと消えて、嵐が我に返った時は布団の上だった。
「なんてことのない夢だよな。けどよ、あの日から、オレはなんとなく気になることがあんだ。夢で、もう一人の自分に会ったなんて話はよくあるだろ?」
それは大体、そのもう一人の自分に追いかけられたり危害を加えられたりする話だ。追いかける側の自分が、もう一人の現実に手に入れるために。
「けど、オレの場合はまったく逆だろ。それが、不思議だなって。――なあ、なんでだと思う?」
「え、今の服か? ああ、この間のカラオケのときも着てったぞ、その時のシャツの色? 馬鹿言え、最初から黄色と黒だったぞ。なんだ? そんな、後ろに幽霊でもいるような顔をして。どうしたってんだよ」
「オレ、アイツニカッタンダヨ」