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公園であった事

「……はッ! すんません、半分寝てました……。なーんかこんな静かなトコでぼそぼそ話してたら眠くなってきませんか? んなことないッスか……? 俺には格好の子守歌だったスわ、えっと、話しますね」
「公衆便所とか公衆電話。夜に見たら、きもちわりーと思いません? オレはマジ好きじゃないんスよー。でも近所に公園があったら、モチそれもついてくるわけで……夜中の公園って、テレビでみるよりけっこー暗いんスよね。そんな周囲が暗い公園に、公衆便所とか公衆電話のある部分だけ、馬鹿みたいに蛍光灯がキラッキラしてるわけですよ。なんか、そこだけどっかの別世界に繋がってるよーな感じで。他の人はどうかは知りませんけど、少なくともオレはそんな感覚になっちまうッス」
「ね、よくよく考えてみると、なんかやーな感じしないスか? だからオレは、なるべく夜そういう場所には近付かないよーにしてました。特に、その公園の公衆便所は嫌ッス」

 しかしその公園は小春川卯月(こはるがわうづき)の自宅への一番の近道なのだ。おまけに、近道のコースは例の公衆便所の前を通らなければいけない。普段は滅多な事がないかぎり通らないようにしていたのだが。
 通っている道場で短期合宿があった日に、姉が事故で怪我したという連絡が来て、急いで帰る事になった。入院するまでにはならなかったが、家族の一大事だ、一秒でも早く家に着きたい。
 卯月は嫌々ながらその公園に入って、薄気味悪い明かりをまき散らしている公衆便所の脇を抜ける事にした。一秒でも早く通りすぎたくて、小走りで。
 その公衆便所の前を通り過ぎた時。何か変な気配を感じた。
 咄嗟に、便所の方を見たら……まあ、このテのお約束どおり『なにか』居たわけだ。

「男で、高校生くらいっスかね、ちょっと普通じゃないっしょ。日付が変わる一歩手前の時間に、若い男が一人うつむいて公衆便所の入り口付近に立ってるんスよ」

 それに気づいた途端、全身に鳥肌が立った卯月は慌てて公衆便所から逃げた。
 ひたすら早く家に入りたくて、走っていたら。目の前に公衆電話があった。また、何となくそこに目を向けたら……。

「居たんスよォ! 公衆便所に居たはずの、さっきの兄ちゃんが! 受話器取って、何かブツブツ呟いていて……。ありえないっしょ?」

 全力疾走した卯月を抜かしてその先の公衆電話で話している、なんて。

「これはもうなんか、ダメだーって思って……恥ずかしい話……全力疾走で家目指しました」

 坂を一気に駆け上がって、自宅の外灯が見えた瞬間、心底安堵した。

「なんていいますか、同じ人工灯なのに、なんでこんなに差があるんでしょーね。安心しましたけど、同時に不安にもなったんす。いや、だってなるでしょ? ホラーな体験したあとなら。ついて来られたらって思うと怖いじゃないっすか」

 卯月はおそるおそる振り返ってみたが……誰も居なかった。
 一息着いて、門を開けて自宅のドアの鍵を開けようとした時に。また何かの視線を感じた。不思議なもので、見ないように意識すればするほど、視線というのはそちらに向いてしまう。

「え、オレすか? 例外なく、見たっす。見ちゃいました……けど。誰も居なかったっすよ。なんだ気のせいかーって思ってその日は終わったんす。そのときは……」

 後日、姉が退院して、その夜に体験したこと話した。そしたら、とんでもない言葉が返ってきた。

『……卯月。そこの公衆トイレは君がおかしな体験した日の午前中に、取り壊されていた……はず……なんだけど?』

 卯月は後日、確認しに行った。まだ恐怖が残っていたから、真昼間にだが。
 ……姉の言う通り……何にも無かった。確かに建物が建っていた痕跡はあったが、本当にそれだけ。

「とりあえず呆然とするしかないスよね。しばらく、夜一人で出歩けなくなったッス! ね、不思議っしょ? だったらオレが見たあの公衆便所は一体、なんだったんだろうかって。……はい? なんスか、先輩。……え? あの公衆便所がなんで壊されたのか知ってるかって? 知らないっスけど……もしかして、先輩知ってるんすか? なら教えてくださいよー。はい、聞いて後悔しないすから」
「なら話すけどさ……。あそこの公衆トイレで、数ヶ月前に高校生が自殺してんだ。なんか、部活の先輩にすげぇいじめられてノイローゼになったらしくて……包丁で首の頚動脈を切って……ちょうど、お前が強化合宿で居なかった時だから知らないよな……。って、小春川? こはるがわー!?」

 周囲の声がよく聞こえない。
 そう言えば、あの高校生は躰の半分近くが黒かった気がする。あれは、影でそう見えていたのではなくて……。

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