ノラ猫との小さな友情
私が住んでいるマンションに住み着いたノラ猫。どうしてノラになったのかは知らないけれど、そんな猫とあいさつをするお隣さんみたいな関係があってもいいよね。社会と猫がいっしょに生活している、そんなドバイの日常風景。
不運な猫
最近よく野良猫を見かけるようになったのだけど、以前はどうやら飼い猫だったという野良猫もいる。
それを見分ける特徴は、片耳の端っこが切られていることだ。
のら猫を飼うようになった知り合いから聞いたのだけど、私が猫を飼っていた時はそんな話は聞かなかったので、ちょっと驚いた。
飼い猫になると耳端を切らないといけないのか、切った後で野良になったらどうにかなるかというとそうでもなさそうなのだけど、「切る」というのを考えただけでも嫌な気分になる。
以前飼い猫だった猫というのは、耳が切られているかに関係なく警戒心がないからわかる。
声をかけると、すり寄ってくる。
でも、その人懐こさが余計に心に刺さる。
飼い主がドバイを去らなくてはならくなったとか、あるいは猫自身がどこかで迷子になってしまったとか何らかの不運が起こり、のら猫になってしまったのだろう。
突然、帰るところがなくなって、毎日食べ物を探し、路上に寝転がり、残飯をあさり、ホテルの排気口で暖をとる。
君は強いなあ。
マトリョシカとの出会い
そういえば、アゼルバイジャンという国にはのら猫がたくさんいた。
アゼルバイジャンはカスピ海に面した国で、古い街並みが美しい場所だったが、社会みんなでのら猫を面倒見ている感があった。
日本だと「地域猫」とでもいうのでしょうか。
どこかの人が水や餌をやり、軒先では猫と人々の牧歌的な風景があったのだ。
ドバイもそれに似ている。
でも、違いが一つ。それは、アゼルバイジャンはアゼル人がほとんどだが、ドバイには140カ国の国籍の人が暮らしている。
国籍がどんなに違っても誰かが水や餌をやるということは、猫を思う気持ちは世界共通なのだろう。そして、猫も人を恐れずのらりくらりと暮らしている。
ところで、
うちのマンションのテラスの椅子で、いつも寝ている野良猫がいる。
受付係のお姉ちゃんがそんなのら猫をかわいそうに思い、餌を与えるようになり住みついてしまったようだ。
そのお姉ちゃんは若いロ〇〇人女性(世界情勢的に伏せておきます)なのだけど、その野良猫に名前までつけてしまった。
その猫はメスで、名前は、「マトリョシカ」。ロ〇〇っぽい名前だ。
年齢は5歳くらいといったところだろうか。
ブリードはわからないが、ミックスだろう。短毛で白に黒とブラウンのドットがある。
私の猫は、スウェーデンの親友のそばで暮らしているのだが、やっぱりネコ好きはのら猫でも気になってしまう。
ともだち
ドバイの冬はとても過ごしやすい。
少し肌寒い風が吹く軒先で、日向ぼっこをすると気持ちがいい。
私はテラスがある1階に降りて行って、椅子に座ってコーヒーを飲んでいるうちにマトリョシカとともだちになっていった。
マトリョシカの過去が気になったので、どんな飼い主だったのか、どうして野良にならなきゃいけなくなったのか色々考えをめぐらせていた。
エサをあげたりしているうちに、彼女は私の声を聞くと嬉しそうに鳴き始め、足元に擦り寄ってはエサを食べ始める。
私が話しかけると必ず鳴いて返事もしてくれるし、ふみふみをし始める。
昔の飼い主と暮らしていたことを思い出しているのだろうか。
いつの間にか彼女は私の後をついてくるようになった。
ある夜、私がお酒を買いに出かけようとテラスへ行くと、いつも通り彼女は寝ていた。
声をかけると飛び起きてわいわい鳴いた後、私の後をついてきた。
横断歩道があるところまできて、彼女は横断歩道を渡らず手前でどこかへ隠れてしまった。
お店から出てくると、マトリョシカが隣の縄張りを持っているネコと睨み合っているのを目撃。
これは大喧嘩が始まるかもと思い、急いで「マトリョシカ、こっちへおいで」と何度も促すと、彼女が私の方へ逃げてきたのだ。
なんだか、飼い主みたいな私。
その帰り道でマトリョシカを見た女性が彼女に声をかけてきたのだが、私が飼い主だと思って、「あら、ごめんなさい」と言って手を引っ込めた。
いえいえ、私の猫ではないのですよ。
私とマトリョシカは、私たちのマンションまでいっしょに帰った。
そして、彼女はいなくなった
ところが、そんな日々も長くは続かなかった。
いつも寝ているテラスの椅子に座っているはずのマトリョシカが突然いなくなったのだ。
1日待っても、2日待っても、帰ってこない。
どこへ行ったのだろう・・・
野良旅にでも出たのか?
猫って自分が一番快適な場所を見つけるのがうまいから。
マンションから出ると必ずテラスの椅子を覗いてしまうが
今日も彼女の姿はなかった・・・
少し気温が上がって、マンションのテラスは暑くなってきた。
いよいよ灼熱のドバイが戻ってくる。
そんなある日、
よ〜く見るとマトリョシカが、椅子の後ろと壁の間の地面に寝転がっていた。お腹を冷やして寝ているマトリョシカ。
「マトリョシカ!」
声をかけると、突然起き上がって鳴き始めた。彼女は、どんなに寝ていても声をかけると飛び起きて鳴き始めるので、可笑しい。
いつものように擦り寄ってきて小さな愛情をくれるので、私も手のひらの餌をアルミのお皿に落としてやる。
最近、見なくなったけど、暑くなってきたから引越しでもしたの?
テラス友達は答えてくれないから、私が答えを考えるしかない。
それきり、テラス友達は消えてしまった。
ノラなんだから、どこに行こうと彼女の自由。
きっと心地よい場所を見つけ、そこで寝ているのだろう。
見知らぬ誰かが手を差し伸べてくれるから、またどこかに住み着いているのかもしれないな。
そびえ立つビルの片隅で、好きなように生きるのがドバイのノラ猫。
また、寒くなったらまたあのテラスに戻ってくるだろうか。
もうその時には、私はドバイから引越してるかもしれないけどね。
元気でね、マトリョシカ。